全7752文字

店舗の現場で生き生きしている宮嶋さんを想像してしまいますが、もともと、ご実家が商売をされていたそうですね。

宮嶋:そうです。私は長野県上田市の生まれですが、父は兄弟3人で、菓子の卸と小売りに携わっていました。徐々に3人は別の仕事をするようになるのですが、父は私が中学生になるまでこれを続けていました。

 当時はせんべいやキャンディーも量り売りで、ガラスのケースからビニール袋に移して売るという細かい商いですし、店は週末も休めませんので親と一緒に遊ぶというわけにはいきませんでした。ですが、小売店はお客様の喜ぶ顔が見られる商売なんだなと興味を持って、店に遊びに行ってはよく様子を見ていました。

 私がビックカメラに入ると決めたとき、父は喜んでくれましたが母は反対していました……。というのも当時のビックカメラは2店舗しかないベンチャーですし、昼食もレジカウンターの中で食べるような状況です。ですが私自身は、若いうちは無理も利きますし3年間は頑張ろうと思ったのです。

ビックカメラ店舗での接客は楽しい

大卒1期生としてビックカメラに入る前の学生時代は様々なアルバイトを経験されたそうですね。

宮嶋:大手GMS(総合スーパー)の家電コーナーで家電を販売していたことがあるのですが、このときはたくさん商品が売れて楽しかったですね。ところがその後、アポを取って新規開拓する営業のアルバイトをしたときには苦労しました。

 やはり、父親のやっていた小売りがいいなと思いました。商品に興味を持ってもらうところから営業を始めるのと、商品に興味があるから来てくれる人に接するのでは、かなり状況が違うのです。ゼロから興味を持ってもらうのは難しいとつくづく思い、それでこの世界に飛び込もうと決めました。

 ビックカメラの店舗での接客は楽しいんです。1日があっという間に終わってしまいます。コーナーを任されるようになると、好きなように商品を発注してそれが売れて、という繰り返しですから楽しくてしょうがなかったですね。

 最初はカメラコーナー、その後オーディオコーナーに移ってウォークマンを売っていました。当時、ウォークマンは飛ぶように売れていました。接客は1対1なのですが、途中からその周りのお客様も話を聞いてくれていて、1人が「これをください」と言うと、周りも「私も」と言ってくれるような盛況ぶりでした。

ビックカメラでは女性にも働きやすい職場づくりを進め、18年に厚生労働省の高水準の子育てサポート企業に認定(プラチナくるみん認定)され、それをアピールしている。図は同認定マーク

宮嶋さんが若手社員の頃はいい時代だったような印象ですが、商売が簡単ではない今、小売業界は社員の定着も一つの課題になっていると思います。

宮嶋:おかげさまで当社では離職率は低いと思います。勤続年数は平均で約10年です。

 私が入社した頃は拘束時間の長い職場でした。これがどんどん短くなっています。今は残業時間を1分単位で管理しています。ここ数年、人事制度を見直していまして、当社グループで保育所を開設するなど子育てのサポート体制も整え、2018年には厚生労働省から「プラチナくるみん」の認定を受けています。

ところでビックカメラでは、「豊かな生活を提案する、進化し続けるこだわりの専門店の集合体」を目指しているということですが、これは具体的にはどのようなことでしょうか。

宮嶋:創業者の新井隆司が「豊かな生活を提案する」というキーワードを、ビックカメラの本店ができたときに掲げています。

 そこには、我々が扱っている商品で生活を豊かにしていただくという考えがあります。例えば、羽毛布団がデパートで買えば20万、30万円するという時代に私たちが同様の品質の商品を3万9800円で売れば、お客様には少し手が届きにくかった豊かな生活を比較的容易に引き寄せられるわけです。