吉田:では何を作ったら売れるかという課題に直面するわけですが、プラスチックの雑貨などは自動化装置で作る成形物ですので、生産ロットを大きくしなければ市場に受け入れられません。逆に小ロットで作れるものは何かというと“縫製物”に行き着くんです。どうしても手作りで仕上げなければならない製品です。それでポーチやペンケースを内職の方たちに作ってもらって、それを問屋に売るという仕事を始めました。

メーカーとしての仕事は順調にスタートできましたか。

吉田:ええ、お客様は順調に増えていきました。もともと営業で外を回っていましたので、雑貨店の店長さんやバイヤーさんは顔見知りで、どんなものが売れているかも教えてもらえ、売れるものを作ることができたんです。

 そのうちポーチなど小物だけでなく、バッグも作りたいと考えるようになったのですが、バッグを作るとなると、縫製物ではありますが工程も複雑で工場が必要になってきます。海外の工場を紹介してもらうなどしていたのですが、知り合いからの紹介となると良い面と悪い面が混在していて、意外と取引条件がまとまらないのです。そこで、在阪の韓国領事館へ行ってみました。当時、縫製物は韓国で作るのが主流でしたので。

 領事館で工場を教えて欲しいと言いましたら「ここはそういう場所ではありません」と言われました。今思うと、それはそうだろうなと思います。そういう話はソウルにある韓国企業の輸出促進を手掛けている政府機関で相談したほうがいいと言われ、それで、チケットを取って韓国へ行ったんです。

 私は領事館の紹介でソウルの事務所へ行ったつもりでいましたので、着くやいなや「領事館の紹介で来た」と言いました。それから「韓国の工場を持っている会社と面談したいから、アポを取ってくれ」「条件は日本語のできるスタッフがいること」「商談のためにここのスペースを貸してくれ」と次々にお願いをしたんです。するとそこのスタッフは「何者だ?」という感じでざわついていましたが、“領事館の紹介”では放っておけなかったのでしょう。10社ぐらい呼んでくれました。

 面談を続けていましたら、そのうちの1社の社長が私のことを気に入ってくれたようで、「泊まるところは決まっているのか? 食事はどうするんだ?」と気を使ってくれたんです。私はお金もありませんでしたし、商談はその日で終えて日帰りするつもりでしたので、食事のことや宿泊のことは全く考えていませんでした。韓国の工場の社長は「もう今からでは日本に帰れないだろう」と言いますし、その日はお世話になりました。その企業と取引を始め、今も続いています。

多彩さでバイヤーや消費者の目を引く

吉田:工場で作り始めた製品は、ファンシーショップに置いてもらえる中高生向けの安価なバッグがメインでした。それが徐々にアパレルブランドとの取引も増え、製品のバリエーションも豊富になり、ファッションアイテムと共に店頭に並ぶようになりました。

キャロットカンパニーのメインブランド「anello」のバリエーションの一部。色、大きさ、スタイルが多彩にあり、バイヤーも自社にあった商品を選びやすい