父に振り回され続けた少女時代。「父と同じ道は歩まない。会社は絶対に継がない」と黒田は心に決め、一時は教師を志して大学院まで進学した。勉強しながら母校で講師を務める中で、教師に向かないのではないかと思い、教職の道を断念。就職活動に出遅れたことがきっかけで父の会社に入り、それが現在につながっている。

 会社や社員を守り、経営することがどんなことなのかを理解し始めた今では、あの頃の父の気持ちが、少しだけ分かる。

キャッシュがない

 父の逮捕から2カ月後の08年12月、黒田はドイツから日本に戻り、東横インに復帰。副社長に就任した。社内からの目立った反発はなかった。「父は絶対的なワンマン経営者でした。そんな人に対抗できるのは私しかいないと期待されたようです」と黒田は振り返る。

無料の朝食サービスのメニューは店舗ごとに違う。1食当たりの大まかなコストは本社で提示しているものの、メニュー構成は各支配人に任せている(写真:菊池一郎)

 とはいえ、東横イン開業以来の危機的状況であることに変わりはない。黒田が会社に復帰した08年、翌09年は事件の影響のほか、リーマン・ショックも重なり、絶不調。年間の平均客室稼働率は64%まで落ち込んだ。事件前に仕込んでいた店が次々とオープンし、客室が急激に増えたという事情もあった。

 また、コンプライアンス違反を犯したことから金融機関との関係も悪化した。新たな融資が受けられなくなるだけでなく、短期で借り入れていた資金もすぐに返済するように迫られ、東横インは黒字倒産の危機に陥る。金融機関の対応は男性役員に任せ、黒田は低稼働に苦しむ現場の運営に専念した。ただ焦る気持ちが強すぎて空回りが多かった。

 例えば、現場ではコスト削減を重視し、フロント担当者が退職したら補充しないようにするなど人員を抑制したところ、サービスレベルは低下し、さらなる客離れが起きた。現場は疲弊し、不満が噴出。会社を去っていく支配人もいた。

(後編に続く)

(この記事は日経BP社『日経トップリーダー』2016年10月号を再編集しました。構成:荻島央江、編集:日経トップリーダー

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