東横インの魅力は、リーズナブルな料金と清潔な室内。ビジネスマンを中心に人気を呼び、90年代後半から2000年代にかけて、面白いように客室数は伸びた。それまでの安かろう、悪かろうというイメージを打ち破り、新しいビジネスホテルの文化をつくり上げた草分けの1つである。

急成長に水を差す事件

国内外に257店、総客室数は5万室超。国内のホテル運営会社としては最大級

 二度の不祥事が起きたのは、そんな飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続け、社員が肩で風を切って歩いていた頃だ。

 一度目は2006年、障害者用駐車場などの違法改造や建物の容積率違反が発覚。当局に指摘を受けてから3カ月以内にすべて是正したものの、世間からの厳しい批判にさらされた。さらに08年には、東横イン松江駅前の地下から硫化水素が発生。建築廃棄物の違法投棄を指示したとして、西田は逮捕され、有罪判決を受けた。

 この知らせをドイツで聞いた黒田は、すぐに日本へ一時帰国する。テレビ画面に映し出された父の姿を見て、まるで電流が走ったかのように「私が会社を守らなきゃ」と本能的に思ったのだという。いわば使命感に近い感情だった。

 東横イン開業時、黒田は10歳。妹と一緒に父の車に乗せられ、毎日のように宿泊客の入り具合を見に行っていた。父が電話で社員を怒鳴っていた姿もしばしば目にした。黒田自身、小さい頃は父に怒られた印象しかない。黒田は、そんなわがままで直情的な父が大嫌いだった。家族でファミリーレストランに行き食事をしているときに「何億円の物件がどうのこうの」と大きな声で話す父が恥ずかしくてたまらなかった。

 黒田が小学1年生のときには、両親と一緒に食事に出かけたにもかかわらず、妹と2人だけで置き去りにされたこともある。幼いながら頭を働かせ、近くの交番で電話を借りて自宅に電話をかけると、父に「お巡りさんに電車賃を借りて帰っておいで」と言われた。何があってもたくましく生きられるように、という西田なりの教育だったのかもしれない。