佐藤さんは地元・静岡で財務を中心として若手経営者向けの塾を開いていますね。最近、彼らにはどのようなアドバイスをしていますか。
佐藤:会社を変えろと言っています。日本の中小企業はほとんどが日本だけでビジネスをしています。ということは、日本がもしデフォルトをしたら、仕事は100%なくなるということです。
そこまではいかなくても、日本は高齢化が進み、労働人口が減っているのですから、もう国内市場に成長の余地はありません。昭和30年代のような高度成長もありません。ですから、自分たちはどういった業界でどういった商売をしていくかを選ばなくてはいけません。儲かるものを選ばなくてはなりません。
佐藤肇(さとう・はじめ)氏:1951年静岡県生まれ。75年学習院大学卒業後、スター精密に入社。常務、専務などを経て、2009年から現職。1947年に父の佐藤誠一氏が創業した会社を、共に東証1部上場企業に育てた。地元・静岡で財務を中心に経営の定石を教える「佐藤塾」を主宰。著書に『佐藤式 先読み経営』(日本経営合理化協会出版局)などがある。
(写真・廣瀬貴礼、以下同)
中小企業は変わらねばならない
市場が成長していれば、儲からない仕事が多少あってもいいのです。総利益率が30%の会社には、35%の仕事もあるし、25%の仕事もあっていいという意味です。ただ、成長しない時代には、何が儲かって何が儲からないのかをすべて洗い出し、35%儲かっているところに人・モノ・カネをすべてつぎ込むべきです。でも売り上げが下がるので、それを恐れる経営者が多いのです。
その発想は変えなくてはなりません。先日、ライオンの濱逸夫社長の話を聞く機会がありました。濱さんは、ライオンが花王に勝つのは大変難しいと言っていました。後で調べてみたら、利益に10倍くらいの開きがあり、圧倒的に花王が強いのです。
もしもライオンが花王に勝って日本の家庭用品メーカーのトップに立ったとしても、世界を見ると、そこにはP&Gやジョンソン・エンド・ジョンソンがいます。それに勝つのは、花王に勝つより難しいでしょう。トップに立てないと分かっていて、商売をする。これはとても大変なことです。
うちも、プリンターで言えばエプソンさんがいて、そこには勝てない。ただ、ライオンは花王に勝てないという濱さんの話を、私はトップと同じ土俵に乗らないことだと受け止めました。これは大きなヒントになりました。それに、ライオンという大企業のトップでも危機感を持っていて、会社を変えていこうとしていることにも感心しました。ライオンは歯ブラシを売っていますが、あれをすべて日本で作って例えば東南アジアで売ったら、運送料だけで利益が吹き飛びます。ですから、地産地消なんですね。そうやって会社を変えてきています。
佐藤:今、中小企業に最も欠けているのは、そうやって会社を変えようという気持ちです。なぜ欠けているかというと、オヤジ、つまり先代の経営者が残っているから。老害です。
経営は息子に譲っても、父親が代表取締役として会社に残っているケースはよくありますが、仮に息子が40歳で父親が70歳だとすると、父親は日本の高度成長期を経験していて、そのときには会社を大きくすること、売り上げを伸ばすことしか考えてこなかったはずです。ですから、利益率の低い仕事もやめられないんです。赤字でも、売り上げが多い方がいいと思っている。そのあたりを変えないと、会社は変わりません。
一番やっかいなのは、体力的にも精神的にも衰えているのに、口ばっかりが達者で、過去の成功体験だけに基づいて、息子にああだこうだと言うケースです。正直に言うと、70代の代表権を持った会長のいる会社は、全く変われず、良くなっていませんよ。
若手経営者は二極化している
経営を譲られた側はどうしたらいいでしょうか。
佐藤:父親が経営から手を引ける環境を整えてやることです。今の40代の経営者は、日本のいい時代を知りません。バブル経済が崩壊してから社会に出ているので、極端に守りに入っている人が多い。その一方で、行け行けどんどんの若手経営者もいます。
本来ならば、成熟した日本の市場で確実にやっていこうという姿勢が正しいと思うのですが、何も変えようとしない現状維持の経営者と、身の丈に合わない経営をしようとする経営者とに、二極化しているのです。
どちらかと言うと、マーケットがもう限られているのに、父親がそうしてきたように売り上げを伸ばそうとする経営者が多いですね。
こういった若い経営者に「いつから会社を継ごうと思っていたのか」と聞くと、8割は「そんなことは考えたこともありません」と言います。つまり、物心ついた頃から「おまえは後継ぎだ」と言われて育っているのです。大学を出て、いったん銀行に就職したり、お得意先である大手企業で修業したりという発想はあっても、ほかの会社に就職することは考えたことがないというのです。
中小企業は同族経営すべき
佐藤:同族経営はいいと思います。むしろ中小企業は同族経営をすべきです。公私混同などいろいろな批判はあります。でも、僕はそれでいいと思います。極端なことを言えば、会社で車を買っても、飲み食いをしてもいいと思っているのです。それは、中小企業は家屋敷を担保に入れて、命懸けでやっているからです。もちろん、従業員とのバランスは考える必要がありますが、同族経営の中小企業は、その会社に何かあれば、一族郎党、家屋敷を失うわけですから。
これからの中小企業はますます大変になるでしょう。戦後の日本では輸出型の大企業が頑張り、その頑張りを中小企業が支えてきました。大企業が中小企業を守ってくれてきたのです。現状もそういう産業構造になっていますが、しかし今は、足元に火がついている大企業が非常に多く、そういった大企業は中小企業を守れません。子会社、グループ企業のことは守ろうとするでしょうが、そうでなければ守らず切り捨てます。
中小企業の側は、1つの企業に売り上げの30%を依存しているようでは危険です。その1社についていけば何とかなるだろうと、旧態依然とした売り上げ至上主義を貫こうとしたら、会社が持ちません。
経営者はどういったことを考えるべきでしょうか。
佐藤:もしも僕が営業部長で、社長から「売り上げを10億円伸ばせ」と言われたら、代わりに2つの条件をもらいます。1つは、価格設定は僕に任せてくれること、それから、回収条件も任せてくれること。そうしたら、私は価格を半分にし、回収条件は「先方の気が向いたら」にします。そうすれば、売り上げを10億円増やすなんて、簡単なことです。
ばかばかしい話をしましたが、しかし、これはこういうことなんです。もしも社長が売り上げを増やせといったら、営業担当者は必ず価格を下げます。決算期が3月なら、3月には「価格を2割下げるので買ってください」とお客さんに言いますよ。次のセリフは「本当なら90日手形ですが、180日手形で結構です」、その次のセリフは「4月になったら返品してくれて結構です」。
こうすれば、お客さんは必ず、買ってくれます。無理に売らせようとすると、こういうことになるんです。ですから、経営者は現場に無理をさせてはならないのです。
ではどうしたらいいのかというと、値札のついたサービスを提供するのではなく、こちらからサービスをした結果、お客さんの側から「ありがとう。ところで、いくら払えばいいですか?」と言われるようなビジネスモデルをつくる必要があります。これからは、価格表のないサービスを売る時代になるのです。もちろん、一生懸命やっても、お客さんが評価してくれないことも出てきます。
うちでは今、アフターサービスではなく、ビフォアサービスに力を入れています。購入したら1年間の保証が無料というのはアフターサービスですが、ビフォアサービスは違います。お客さんが買い物をする前に、うちの機械と他社の機械のスペックをリスト化して見てもらうといったものが相当します。
あるいは、加工機械を買おうというお客さんは、何かを加工したいのですから、それは何か、月産量はどれくらいで、材料費はどの程度にまで抑えたいのかを尋ねて、最高の加工効率が得られる刃物などの組み合わせやプログラミングまでを提供する。試作までして、うちの機械だったらここまでできますというのを見てもらいます。精度が出ているか、加工秒数に問題がないか、お客さんが納得するまですべて確認してもらうのです。
オーナー系の中小企業だからこそ変われる
そこまでしても買わない客もいるでしょう。
佐藤:だから、ビフォアサービスなんです。買わないお客さんもいるでしょう。しかし、こういう発想をしたのは、我々の競合は欧米のメーカーではないと思っているからです。競合は、中国や東南アジアにいると考えています。そういった国の企業には、まだまだ無償のビフォアサービスという考え方はありません。ですから、差別化できるのです。
たとえば車や家電を買うことを考えると、もう、機能で選ぶ人はいないでしょう。どの会社が好きだ、どのブランドが好きだというのが基準になっています。
ただ、大企業がビフォアサービスをやろうと思ったら大変でしょう。取締役会に諮り、株主総会に諮る必要も出てくるでしょう。
しかし、非上場の中小企業なら、何でもありです。トップの鶴の一声でできます。オーナー企業ならなおさらです。その環境にあるのに積極的にビフォアサービスに取り組まない経営者を見ると、不思議でなりません。
若手の経営者に、ほかにメッセージはありますか。
佐藤:オーナー系の経営者は今、やりたいことは何でもできるはずです。でも、やりたいことばかりやっていてはならない。大事なことは、今やらなくてはならないことを見極めて、それに取り組むことです。特に40代は若くて体力も余っていますから、やらなくてはいけないことでも、できます。そのやらなくてはいけないこととは何かというと、会社を変えることなんです。
(構成:片瀬京子、編集:日経トップリーダー)
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