会社と個人の関係性はどう変わるのか。個性的なキャリアを重ねる4人が集結し、議論を交わした。
[この記事は「ヒューマンキャピタル2018」の講演をまとめたものです]
<モデレーター>
前経済産業省産業人材政策室室長補佐:藤岡雅美氏
<パネリスト>
グロービス経営大学院准教授/東洋大学講師/オペラ歌手(二期会所属):武井涼子氏
ONE+NATION Digital&Media 代表取締役 CEO / Producer:松永エリック・匡史氏
P6 Partners:ムーギー・キム氏
クロスリバー代表取締役社長:越川慎司氏
藤岡:本日、モデレーターを担当する藤岡です。経済産業省で、直近では人材政策などを担当していました。今は、厚生労働省で健康施策を担当しておりますが、今日は人材政策を担当していた視点から、モデレートさせていただきます。まずは、皆さんの自己紹介からお願いします。
松永:今年7月にONE+NATION Digital &Mediaという会社を設立したばかりで音楽のプロデュースやe-Sports、VRなど好きなことをやっています。前月までは20年以上コンサル業界でビジネスコンサルをやっていました。
最後は、コンサル業界でのチャレンジで、ある新規事業の立ち上げのリーダーを務めさせていただき、その中でサービスとしても、自分の会社、チームに対してもアグレッシブに働き方改革を実践してきました。ダイバーシティーにも積極的に取り組んできました。元プロミュージシャンの経歴から超右脳系コンサルタントというイメージが強いようですが、意外と普通です。
ONE+NATION Digital&Media代表取締役CEO/Producer 松永エリック・匡史氏(写真/稲垣純也、以下同)
キム:チャン・キム教授の著書『ブルーオーシャンシフト』の日本語版に関わったことから、現在、ブルーオーシャンシフト研究所日本支部代表も務めています。ディズニーランドについて20年間研究しており、人事制度の中で従業員エンゲージメントを高めるにはどうしたらいいかをテーマにしています。
また、ファンドの仕事や自分自身の会社経験を通じて、人を活かす人事制度、人を駄目にする人事制度を見てきました。本日は人事のブルーオーシャン戦略や、AI(人工知能)で人事がどう変わるかなどをお話ししたい。
越川:クロスリバーを設立する前はマイクロソフト社に11年半勤め、ITが働き方を変えるのではないと気づきました。それをもとに、526社の働き方改革を支援する仕事を始め、成功するポイントは働き方改革を目指さないことだと分かりました。目指そうとすると、制度を作ったり、ITを導入したりするが、結局根付かない。目指すべき目的は会社の成長と社員の幸せであり、その手段として働き方を変えるのです。
目的と手段をはき違えなければ、成功確率は2.6倍上がります。私の会社も現在、従業員が26人おりますが、週休3日制で、会議、オフィスなしで働いています。ビジネスでイノベーションを起こす手法であるデザインシンキングを「働き方」に適用してプロトタイピングしながら働いています。
武井:私はマーケティングの仕事で、外資や日本の会社を含めて9社に勤めてきました。直近ではウォルト・ディズニーに5年間おり、ブランドを日本に持ってくる仕事をしていました。
ただ、留学中に思うところがあり、その実現のため、高校時代から続けていた声楽を武器にしようとオペラ歌手も職業にすることにして、4年前に歌手との両立ができるグロービス経営大学院に移り、教鞭を執っています。自己実現だけ考えて転職しても会社には迷惑なだけです。会社にとっても自分にとってもwin-winな働き方、および女性と副業の視点でお話しできればと思います。
藤岡:本日は、激動の時代を勝ち抜いていくための人事戦略についてディスカッションしたいと思いますが、まずはその前提として企業と個人の関係がどのように変わってきているのかをみたいと思います。
自己紹介の中で、松永さんや武井さんは幅広い活動をされているようですが、何か目的を持って活動先を選んでこられたのか、あるいは結果的にそうなったのか。また、個人の活動と会社での業務、あるいは仕事の関係をどのように考えているのでしょうか。会社との関係で困ったことがあれば、それも教えてください。
松永:私の最初のキャリアは、ミュージシャンでした。プロの世界はイメージとは違い、芸能界はひどい労働環境で、24時間365日働きまくりましたし、パワハラは当たり前でした。技は盗むものという時代です。とにかく、プロとして最高の演奏がしたい、それだけでした。
当時の僕にワーク・ライフ・バランスなんて言葉はなく、音楽をワークとするのであればワーク・イズ・ライフでした。それが正しいかではなく、僕はそれで幸せでした。コンサルタントに転身してからも同じです。プロのコンサルタントとしてクライアントに貢献して、それだけで頑張ってきました。僕にとっての自由は、ワーク・ライフ・バランスではなく自分の信じる道をいくこと。個人生活と会社勤務という区分けは存在しないのです。
副業を持ったほうが本業の成果につながる
武井:歌はずっと続けていたのですが、アメリカに留学中に周囲からの強い勧めもあり、2008年に帰国してからプロを意識しました。帰国直後はマッキンゼーで働いており、激務の中でも歌う時間は確保していました。会社とは関係なく個人としてコミットメントすることがあったので、心のバランスが取れてあの状況を乗り切れたのだと思います。
しかし、さすがに精進する時間もつくれないので、ディズニーに移り、きちんとプロ歌手として歌に取り組み始めてからは、会社では、短時間で効率よくアウトプットすることを最優先に取り組んでいます。残業ができませんので、時間のコントロールと集中して結果を出すことに最も力を入れています。
グロービス経営大学院准教授/東洋大学講師/オペラ歌手(二期会所属) 武井涼子氏
藤岡:企業側からは、社員に本業だけに集中してほしいとの声も聞こえてきますが、実は副業を持ったほうが本業の成果につながるのかもしれませんね。
武井:全くその通りで、副業も本業以上にコミットメントを求められます。「副」ではないのです。
松永:一昨年から、所属しているコンサル会社で新規事業をリードしました。その際、今まで会社で雇ったことのない職種の採用を行いました。そのとき分かったのは、キャリアパスの考え方は皆同じではないということでした。誰でも昇進したいのだと思っていたらそうでもない。
ある部下が辞めるとき、その退職理由が衝撃的でした。「こんなに残業ができなくて、面白い仕事ができないなら辞めたい」というのです。従業員のための残業規制が逆にモチベーションを下げることになっていたのです。ショックでした。この話は、人事部の方にも一緒に考えてほしい。
藤岡:実は、日本よりアメリカのほうが残業時間が長いという話もありますが、世界では個人と企業の関係性も大きく違っている印象もあります。グローバル企業を渡り歩いてこられたキムさんは日本の働き方をどう思われますか。
キム:一言で言うと日本は優秀な若者の人材獲得競争に後れを取っています。世界では、従来のような高い給料や出世というインセンティブでは人が集まりません。若者は金儲けだけでなく、社会貢献や自己実現を大事にしている。海外企業はそのために特別な仕事を与えるなどの工夫をしているが、日本企業は対応していません。
今、日本で言われている働き方改革は海外企業ではすでに当たり前のことばかり。在宅勤務も1年近い産休も制度化されています。何しろ若い人材のほうがリソースが少ないのですから、働く若者は働かないおじさんよりも優遇されるのは当然でしょう。
HRテックは働き方を改革する中で使いこなす
藤岡:もう一つ、テクノロジーという軸でもお話をしたいと思います。最近では、HRテックの活用なども重要だと言われていますが、越川さんはどう思われますか。
越川:ITが働き方を変えることはありません。働き方を変える中でITが役立つのです。現在、上場企業の約87%が何かしらの働き方改革を実施していますが、その88%は成功していません。その多くは、社長がリーダーシップを取らず、人事部長やIT部長に対して「やっとけ」というだけ。そうすると、人事部は制度を整えたい、IT部門はクラウドやAIを導入しますが、社内浸透率は10%未満。目的と手段をはき違えているからです。
それではどうすればいいか。少なくともAIで仕事が奪われると考えている企業に成長はありません。AIで新しいことに挑戦し、個人の幸せと会社の成長を実現したいと考え、それができる人材を育成する。その手段として人事制度やITを整備するのです。
藤岡:確かにそうかもしれませんね。HRテックを単に導入するだけだと意外と簡単ですが、人事制度の根幹を変えてからとなると、意思決定に時間がかかります。企業はどのようにこの問題に向き合うべきでしょうか。
越川:働き方改革は人事施策ではなく、経営戦略です。人事部だけでは対応できませんから経営企画部門や営業部門を巻き込んで進めてください。現場に裁量権を与えて、経営者は「やめるべきこと」を決定することが大事。やめることが決まれば、業務時間が減って余裕ができる。その余裕の一部を社員に返し、残りを新しいビジネスに取り組んで、事業生産性を上げるべきです。
松永:私は人事システムについては文句を言いたい。コンサル業界は入れ替わりが早いので最終承認者としてパートナークラスになると膨大な面接を行います。人生に影響する面接ですから、事前に情報はできる限り集めて面接に望みます。
その際のボトルネックになるのが人事システムです。これは面接結果の入力も同じなのですが、誰のためにシステムに向き合ってるのか分からなくなることばかり。効率化だけではなく集中力も奪います。機能があっても情報がどこかにあってもインターフェースが悪ければ、たどりつけません。これは人事部へのクレームではなく情報システム部にもう少し考えてほしい。この点では、人事部は一番の被害者でしょう。
越川:これだけテクノロジーが発達してきたのですから、AIなどを使いこなしたほうがいい。ある日本企業ではパワーポイントで画像をいじくって従業員1人当たり年間で7時間半も使っているが、AIなどの機能を使えば自動作成してくれる。メールもチャットに切り替えたほうが効率的です。人事も社員がテクノロジーを使いこなすように仕向けるべきです。
藤岡:政府でも、「人づくり革命」として、特に生涯にわたって学ぶことの重要性を発信し、リカレント教育を推進しています。越川さんがおっしゃるように、社会人に必要な基礎的なリテラシーは読み書きそろばんから、ITやAIを活用したツールに変わってきていますし、より専門性を高めていくことも重要です。
一方で、スキルの賞味期限は非常に短くなってきていて、一度専門性を身につけても、それだけでは定年まで活躍し続けることは難しい時代になってきています。常に学び続けることが重要で、いわゆる「学び方を学ぶ」ことです。専門性をスマホの「アプリ」とするならば、その土台になる「OS」を磨きましょうと、経産省の研究会でも話題になっていたのですが、その辺りご意見はありますか。
武井:グロービスでもリカレント教育で人材のバージョンアップを図ることを考えて活動しています。従来のMBA教育だけでは役に立たないと思います。プロトタイピングやライフデザインは、自分がどうなっていきたいか目標を探すことにつながります。人事部もそれを手助けすることが必要でしょう。
私は仕事をするとき「好きなこと」「儲かること」「得意なこと」の3つをいつも考えています。私は主にマーケティングが得意で儲かり、歌が好きで得意というバランスです。一般に日本のクラシック歌手は演奏だけでなく教えることで儲けています。つまり、この3つがいつも統合されている仕事を一生続けられる人はほとんどいません。だからバランスをどう取っていくかという方向性を考えるほうが重要でしょう。それが会社と合っていれば会社にも評価されます。
それでは、どのタイミングで方向性を決め、リカレント教育を受ければいいのか。それは経験則ですがだんだんと分かってくるもので、ある日、天命のように悟るわけではありません。若い人は「今知りたい」と焦りがちですが、見えない将来を焦っても無駄で目の前のことに真剣に取り組むことでしか見えてこないのだと思います。会社の人事機能が社員に対して20代のときに積極的にライフデザインの考え方を教えてあげれば、必要に応じてリカレント教育を自主的に行うなど学び方を学ぶことができるのではないでしょうか。
松永:今日のパネラー4人に共通するのは、ずばり楽しそうに生きていることだと思いませんか? 楽しく生きるとは、楽しいことが運良く降ってくるのではありません。どんな苦境も楽しくしちゃうんです。元気になるには何をすべきか、常に意識して、いつしか無意識にできるようになっている。誰だって今のキャリアが完璧にハッピーではありません。向き、不向きもあるでしょう。
大事なのは自分の価値観を信じること。遊ぶのが好きな人は遊べばいい。仕事が好きなら仕事ばっかりすればいい。ただ最近の若い世代は、「ググり癖」が付いて自分で考えられなくなっている人が多い。結論をすぐに求めてしまいます。きちんと彼らの能力ややりたい事を人事部がシステムを駆使して把握し、推奨するような仕組みも今後必要になってくる。つまり、社員が元気になる道筋を人事が作ってあげることが大事です。
働きがいを刺激する「承認」「達成」「自由」
藤岡:少し個人の目線から、企業側の目線に移していきたいと思います。企業へのコンサルティングなどをされる中で、どのような相談が多いでしょうか。
越川:お客様からの相談は最初、制度面が多い。テレワークや評価制度などですね。ただ、そこだけ変えても全体がよくなりません。私が、526社を支援して分かったことは、制度などハード面より気構えや行動規範などソフト面が重要なのに、日本企業は手薄だということです。働きがいを感じている社員は企業への利益の貢献率で20%以上高い。営業の効率も売り上げも1.5倍多い。実は働きがいを増やすと個人も会社もハッピーになるのです。
社員の働きがいを刺激するにはキーワードが3つあります。それは「承認」「達成」「自由」です。承認は、会社で必要とされることや顧客に感謝されること。達成は定量的なゴール、自由とは好きなときに好きな仕事を、責任を持ってできること。この3つを促進すると必ず結果が出ます。話を聞いて終わりではなく、ぜひ会社で実践してほしいですね。
ただ、人事部だけではうまくいきません。成功しやすいのは経営企画室との連携で、なるべく社内横断的に進めて、営業の執行役員などもメンバーに入れ、経営陣から権限をもらって推進してください。
松永:社員のモチベーションを維持するにはチームの力が大切です。私は人事評価制度でノーレイティングも1つの選択肢だと考えています。特別優秀だったりすれば評価してあげたいのですが、皆で頑張って、そんなに差がないのに無理やり順位をつけて評価するのはどうか。
チーム力は日本人の強みです。また、越川さんの言う通り、日本人は認めてあげること、「承認」が重要です。パフォーマンスが出せる人は、バリエーションのある働き方を認めて、働く場所や時間にこだわらないことです。
キム:ベンチャー投資で重視されるのはメンバーのモチベーションとエンゲージメントです。人事の機能で最後に残るのは、この2つを高めて社員のハッピーレベルを上げることでしょう。企業が優秀な人材に残ってもらいたいなら、その人の人生の満足度を高めることです。そのためにも研修の仕方を変えるべきです。座学などはその9割を忘れる。それよりも、刺激的な研修旅行やインターンシップなど経験を重視するべきです。
藤岡:ただ、エンゲージメントを高めるのはいいですが、どこまで社員個別に関わるのか。行き過ぎた個人への迎合になりかねないとの声も上がってきそうで塩梅が難しそうですが、いかがでしょうか。
武井:一人ひとりの個別具体を理解する必要はなく、共感することを考えれば乗り越えられると思います。社員に幸せな感情を持ってもらうと考えると、個別の理解ではなく、会社全体の共感でエンゲージメントを高めることを考えるはずです。多様性を追求すると、頭で理解し合えなくなるので共感する組織にならざるを得ません。個別の理解ではなく、共感で対応することが大切です。
松永:採用が多いので人事とのコミュニケーションが多いのですが、人事担当者は本当によくやってくれていますし、採用における本質的な問題をよく分かっていると思います。ただ、彼らの声が社員、マネジメントに届かない。残念です。人生100年時代の働き方を支える企業はまず人事の声を聞くべきです。人が一番の財産となる時代。人事が会社の中枢機能にならないと企業は滅びますね。
キム:人事部の仕事は未来に向けて大きな意味を持っています。人事の仕事で最も重要な問いかけは「人事が企業価値に貢献しているか」ということ。単なる社内サービスになっていないか。人事は視点を高める必要があります。
越川:多様性とは女性役員の比率を上げることではなく、異質を避けないことだと思います。イノベーションは技術革新と訳されてしまいましたが、本来は「新結合」という意味です。異なるバックグラウンドを持っている人たちがつながって、新しいアイデアを生み出すことがイノベーションです。
武井:最も手近な多様性の例は男性と女性の違いかと思います。女性のほうが人生の選択肢が多く、色々な局面で人生における重大な決断を下さなくてはならないと言われています。多様性を受け入れるということは、相手のことが理解できないと知ること。分からないけれど共感はできる。例えば女性のそれらの決断がそんなに重大だとは理解はできなくても、自分が重大な決定をするときの感覚を思い出せば彼女が感じているその気分は共有でき、共感はできる。共感の重要性を人事部の皆さんが全社に知らしめていただけると素敵ですね。
(構成/吉村克己)
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