事業の幅を広げる際に考えてきたことは何でしょう。ニーズに応えて結果的にそうなったのか、それとも先に何かお考えがあって……。

牛尾:基本はすべての中心である光源です。そこから広げていった。

 うちは(家業だった)ウシオ工業の時代から、映画産業とは深い関わりを持ってきました。日本で初めてキセノンランプを使って映画を上映したのが58年で、それを手がけたのがうちの会社。日本というのは戦後、映画で近代化したようなものなんです。米国の生活を映画で知ったからね、僕は。学生時代、あのふわーっと髪をなびかせて歩くマリリン・モンローを見て「ああ、きれいだな」と思った。

光源から光、光から装置へ、今は映画館の管理まで手掛ける

 その後、テレビが出てきて映画館なんかなくなるぞと言われていましたが、今、大変なことになっていますよ。いわゆるシネマコンプレックスにはうちの映写機が入っていますが、だいたいどこでも3台ぐらいはデジタルプロジェクターを入れるようになってきています。米国の映画館を視察すると、満員なのは3Dの映画なんです。3Dはデジタルプロジェクターをちょっと加工するだけで作れる。うちはその特許を持っていますから、独占です。

 我々はまず、92年に米国のクリスティ・デジタル・システムズ社を買収しました。デジタル化に対応するために、クリスティを通じてテキサス・インスツルメンツ社(TI)と組みました。米国の大きな映画館が2万館ぐらいあるうち、シネマコンプレックスには必ず3Dが入ります。ロサンゼルスにセンターを作って、映画館のメンテナンス管理もうちがやる。すると、オンラインですべてがつながる。

 シネコンに行くと、今はほとんど自動ですから、入り口に1人か2人置くだけでいい。案内から何からすべて録音し、スピーカーで流す。それをロサンゼルスのセンターが管理していて、あそこのポップコーンが足りないから持っていけとか指示するわけです。今はそういう映画館の運営まで、うちがやっているんですよ。

 というのも、米国でも田舎の方だと、そんな高い装置は買えないというわけ。だから、売り上げの何割かを払い込んだら買えるような購買システムをつくったんです。

一種の金融ですね。

 そうです。それも提携してつくったんです。だから光源から光、光から装置、その装置からシネマコンプレックス、映画館の管理までと広がっている。

 で、ランプがぼちぼち寿命だぞというと勝手に替える(笑)。長年かけて、そういうビジネスの体制をつくってきたことが今日につながっています。
(後編へ続く)

(構成:曲沼美恵 編集:日経トップリーダー)

靴下専門店の全国チェーン「靴下屋」を一代で築いたタビオ創業者、越智直正氏の人生訓。15歳で丁稚奉公を始めてから60年、国産靴下に懸ける尋常ならざる熱情を語り、経営の王道を説く。『靴下バカ一代』は好評販売中です。詳しくはこちらから。