60歳でライフネット生命保険をスタートさせ、ネットで保険を契約する市場を切り拓いた出口治明氏。ベストセラーとなった『働き方の教科書』(新潮社)の著者でもある出口氏は、「長労働時間削減が叫ばれる一方、実際の仕事量は減っていない」という指摘にどう答えるか。仕事と人生の関係から、働き方改革や「人と企業の育て方」について語った。

[この記事は「ヒューマンキャピタル2017」の講演をまとめたものです]

 「人間はみな自分の見たいものしか見ようとしない」と言ったのはジュリアス・シーザーでした。もともと、人間の脳は自分の都合のいいように世界を見るようにできているそうです。

 2017年5月7日のフランス大統領選挙でエマニュエル・マクロンが勝利しました。これに対して「相手がマリーヌ・ル・ペンだから勝てた」「反EU(欧州連合)はリスクが高いから、国民は仕方なくマクロンに投票した」とコメントする人が多くいました。

 では、そんな人々が以前に何を言っていたか。調べてみると、「ブレグジット(Brexit)によって、EUは終わった」とか「アメリカのドナルド・トランプ大統領の出現によってグローバリゼーションは終わった」とかで、今回も「だから、マクロンは大した人物ではないのだ」と発言しています。

<b>出口治明(でぐち・はるあき)氏</b><br /> 1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、72年に日本生命保険に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革や保険業法改正に従事。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、社長に就任。08年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険を開業。13年に会長就任。17年6月から創業者として、ライフネット生命の広報活動・若手育成に従事。
出口治明(でぐち・はるあき)氏
1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、72年に日本生命保険に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革や保険業法改正に従事。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、社長に就任。08年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険を開業。13年に会長就任。17年6月から創業者として、ライフネット生命の広報活動・若手育成に従事。

 一方のマクロン支持者は、「ブレクジットは大英帝国時代の栄光が忘れられない年寄りが賛成しただけ」「トランプはヒラリー・クリントンに300万票も負けているのだから、運が良かっただけ」などと言い、だから「EU残留や移民受け入れなど難しい課題に真正面から取り組んで、わずか1年で大統領になったマクロンは偉い」という見方をしています。

人間は「自分が見たいものしか見ない」

 このように、人間は自分の価値観に合わせて世界を見ているのであり、見たいものしか見ようとしないのです。でも、これが脳の構造なのです。従って、人間が物事をきちんと見るためには方法論が必要になってきます。私は2つの方法論を用意しています。

 1つは「タテ・ヨコ思考」です。歴史のタテと地理的なヨコで見る、昔の人はどう考えたか、世界の人はどう考えているか、です。例えば、平氏の一族である北条政子は、源頼朝と結婚しました。でも政子の「氏」は結婚した後も「平」に変わりありません。これを素直に考えれば、夫婦別姓です。

 ヨコで見ると、法律で夫婦同姓を規定している国は日本だけです。日本に対して、国際連合は夫婦別姓を認めるように3回も勧告していますが、いまだ認められていません。それなのに、「夫婦別姓は日本の文化に合わない」とか「家族制度を崩壊させる」とかの意見は、個人の思い込みに過ぎないのではないですか。

 もう1つが、「エピソード」でなくて「エビデンス」で見る、記憶でなくて数字・ファクト・ロジックで考える、ということです。

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