窪田社長はこう振り返る。

 「お骨事件のとき(あなたに大戸屋の社長は無理、智仁を社長にしなさいなど)三枝子氏から厳しく言われた。上場企業だから(役員選任などは)ルールの中で動かなければいけない。ただ、会長を亡くした直後のあの頃は、皆、いろんな感情が入り混じっていた」

 大戸屋の客数が減少傾向にあり、テコ入れが求められていることも窪田社長の気負いを膨らませた面があるだろう。1990年代から2000年代にかけて、大戸屋は定食業界の中で独走状態にあった。しかし、競合店が続々台頭し、人口減少や少子高齢化で外食市場そのものが縮小している。

 そんな中で創業者を失うことの心理的プレッシャーは想像に難くない。先代の戦略をそのまま踏襲すればいいというわけにもいかない。窪田社長はこう言う。

久実氏はカリスマだった。しかしカリスマは、神ではない

「カリスマ経営者は意思決定も早いし、いい面はたくさんある。その下で働いていた我々は極端な話、何も考えなくていい。言われたことをしていればいいから楽で、会社もぐんぐん成長する。しかしそれでは当然、指示待ち体質になる。さらに、カリスマ経営者といっても神ではないから、バランスが崩れることもあるので……」

大戸屋の店舗。定食業界は競争が激化している

 バランスを欠くとはどういうことか。久実氏は、副社長まで務めた役員を平社員に降格させたことがある。強引とも思える人事により、会長に複雑な思いを抱いていた幹部は何人かいる。

 「市場環境の変化もあって、会長が経営判断したものでもうまくいかない事業が出てきたりして、会長自身に苛立ちというか、そういうものがあったと思う」。「創業者」への恨みが、そのまま「創業家」に対する負の感情に結びつきはしない。ただ、今回の騒動前から社内では、複雑な感情が交錯していたと見られる。久実氏の没後、初めてとなる16年6月の株主総会では、かつて久実氏に降格させられた人が複数、役員に戻った。