当初、窪田社長と関係が悪化したといっても、その時点では2人の話し合いで解決できる範囲内だったはずです。ところが、Aさんが絡んできたことで事態は複雑になってしまった。窪田社長も、Aさんには頭が上がらないようです。

 正直に申し上げて、今の経営体制では厳しいと思っています。臨時株主総会の開催を求めるなど、これからしかるべき対応を取っていきたいと考えています。

 本当はこんなことをしている場合ではないんです。大戸屋の売り上げは伸びていますが、客数は減少傾向が続いています。今回の一件がネットニュースで流れたとき、店に対する否定的な書き込みが目立ちました。「以前に比べて、味が落ちた」「価格が高い」「料理の提供時間が遅い」……。

 そうした消費者の声に対し、経営陣は明快な戦略を描けていないのではないでしょうか。

父と母と私の3人で開店時にはティッシュを配った

騒動を早期に決着しないと、ブランドを毀損しかねません。

智仁:今はとにかく、お客様の意見を確実に、迅速に実行していくしかないと思っています。父はお客様のアンケート一枚一枚に目を通していました。最近の大戸屋では集計データ中心に分析していたけれど、数字だけではお客様の気持ちは分からない。

 私が生まれた当時(1989年)、大戸屋は池袋、高田馬場、吉祥寺の3店だけでした。92年に吉祥寺店(東京都武蔵野市)がリニューアルオープンしたとき、母と2人、街頭でチラシ入りのポケットティッシュを配ったことを覚えています。それからしばらくは新しい店が出るたび、必ず母と駆け付けて、道行く人にティッシュを配りました。その頃から父の働く姿を見ていたのです。

 お客様のほうを見ながら、父は一店一店、大戸屋を広げてきました。それは息子の私だけではなく、一緒に働いてきた社員の人たちもみんな分かっている。三森久実という人間が自分の命をかけて、何のために大戸屋という店を出してきたのか。それを考えると、父が亡くなった後、いろいろな人が来て、お客様のほうを見ることなく、会社をぐちゃぐちゃされたのが本当に悔しくてならない。

 私のことはどう思われてもいいんです。ただ、父はもう言葉を話すことはできません。だから、父がどんな思いで店を、会社をつくってきたのか。そこだけはきっちり筋を通したいのです。

(この記事は、2016年8月号「日経トップリーダー」に掲載した記事を再編集したものです)

日経BP社では、三森智仁氏の著書『創業家に生まれて~定食・大戸屋をつくった男とその家族』を発行しました。「絶対不可能」と言われた食堂の多店化は、なぜ成功したのか。世間を騒がせた会社側と創業家の対立の背景には何があるのか。外食業界に大きな足跡を残したカリスマの一代記を、家族しか知らない秘話とともに詳述しています。
まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。

この記事はシリーズ「トップリーダーかく語りき」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。