「いや、現場はもう大反対で(笑)」

戸倉:皆が同じような商品を作っても、全然面白くない。モノがあふれている中、腕時計そのものの魅力を高めるには、時計メーカー同士がどんどん競うべきだし、多くの価値軸が立った方がいいと思うのです。

 この時計は、「薄さ、強さ、美しさ」にこだわって、シンプルさを際立たせることに特化した商品。言い換えれば「正しい時間を刻み続ける精度、永続的な駆動、腕にまとった時の美しさ」を価値づけた時計と言っていいと思っています。

川島:腕に着けてみるとフィットしてきれい。ファッション性も感じます。でもこの薄さ、実現するのはかなり難しかったのでは?

戸倉:開発に2年ほどかかりました。薄くするために、構成するほぼすべてのパーツを新たに作る必要があったのです。85個もの部品を1㎜の薄さの中に収めるため、ひとつのパーツに2つの役割を持たせるなどの工夫を凝らし、部品の構造や加工そのものを抜本的に見直したのです。

川島:既存の部品を使わず、ゼロから開発したということですよね。その意味では、まさに革新的商品であり、高いハードルを越えたわけですが、最初から現場はヤル気だったのですか?

戸倉:いや、もう大反対(笑)。そんなことできるはずないじゃないですかって。ところが開発が進んでくるにつれ、目の色が変わってきたのです。プロトタイプができて「薄いってきれいだ」という声が上がり始めたあたりから、ヤル気がうんと高まってきて、出来上がった時は皆で喜びました。

川島:「こういう技術ができたからこういう時計を作ろう」じゃなくて、「こういう時計を作るために技術を結集して作ろう」という道筋が良かったのではないでしょうか。メーカーを取材していると、技術ありきの商品って使い手にとってあまり魅力的に映らないものが多いので。

戸倉:ゴールを明快に設定した開発になったのは良かったと思っています。つまり、シンプルほど難しいものはないという思考そのものを、うちの技術の粋を集めてかたちにしてくれたのです。

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