熊澤:そう。長年、使われてきた道具には、その素材、そのかたち、その造りに行き着くまでに、きちんとした理由があるのです。

 たとえば、ご飯を炊く“羽釜”ってあるじゃないですか。あれ、底が丸みを帯びているのは、釜の中の対流を良くしてお米を躍らせ、ふっくらとした炊き上がりにするため。蓋が木でできているのは、釜を密閉するとともに、余分な水分を吸収するためといった理由があること、ご存知ですか?

川島:いいえ、全然知りませんでした(笑)。でも、そうやって説明されると、日本の道具には、たくさんの知恵が詰まっているのだと納得させられます。単にかっこよくしたり、高級そうに見せたりといった理由ではなくて、道具として最良の働きをするのに必要な理由があるんですね。

熊澤:それを丁寧に伝えていくことがうちの仕事なんです。一方で料理とは、大切な人に向け、道具を使って作っていくもの。その意味で料理道具は、使いながら愛着が湧いていく存在だと思うのです。僕は「良理道具」を、そんな風にも解釈しています。

川島:ブランドコンセプトである「良理道具」は、釜浅商店が「大切にして、際立たせること」という指針がはっきりしたわけですね。

熊澤:そうなんです。商品を仕入れる時も、「良理道具」かどうかを吟味して選別するという基準が明快になりました。その後、店舗の見直し、ロゴ、名刺や包材といったものまですべて、ブランドコンセプトに基づいたデザインが必要ということで、西澤さんと一緒に見直していったのです。

川島:そう聞くと、お店の外観から内装、ロゴ、商品パッケージ類、名刺など、もっと言えば、ここパリで行っている展示会の様子も含め、何か一貫したものを感じます。それは、言ってみれば、ちょっと無骨だけど、変におしゃれな感じがまったくなく、きりっとした姿勢みたいなもの。そして、不思議なことに、社長である熊澤さんのキャラとも符合しているんです(笑)

 ただ、歴史ある老舗が、そこまで全部見直すことについて、不安や懸念は何かなかったんですか?

新しい店を開けたら、お客さんが離れてしまって…

熊澤:西澤さんから、ブランディングとは「今までやってきたことを否定するのではなく、よりわかりやすくすること。だから必ず良くなっていく」と言われ、僕も納得して進めていったのです。そういった中では、本店の改装も大仕事でした。2011年の年明けから1カ月間、店を閉めて新しくしたのです。

川島:えっ、1カ月も閉めたんですか。それもまた、大胆な決断ですね。

熊澤:やるなら一気にやらなければいけないと思ったんです。BtoB向けだった店を、プロと一般の方の両方を狙った店にしようと考えました。つまり、BtoB+Cを視野に入れた店ということです。

 たとえば棚にうず高く商品を積むみたいな見せ方は、プロ相手ならいいのですが、一般の方となると、もう少し見やすくしなければならない。そういったことを配慮し、オリジナルの什器も作ったんです。一方で、一般向けになり過ぎるとプロが離れてしまうので、そのあたりのさじ加減は難しいところでした。

 ところが、2月に入り新しいお店を開けたところ、「こじゃれた店になってしまった」ということだったのか、お客さんが離れてしまったんです。その上、3月11日に東日本大震災が起きて、さらに客足が遠のいてしまい、また大変なことになってしまったんです。

川島:何か手を打たなくてはということですね。

熊澤:夏に入ってから、納涼会と銘打ち、お世話になっている方々をお呼びして、少し遅れたお披露目会をやったんです。これは、お客さんで賑わいました。そのあたりからでしょうか。売り上げが少しずつ伸びてきて、前年実績を上回るようになってきたんです。

 とともに「自分たちの強みを見つけた」という思いが、社員の中に浸透していった。そして、徐々にではありますが、「良理道具」というものを選び、売ることがうちの役割だと自覚し、日々の仕事を通じて、それを実践してくれるようになってきたのです。