コクヨと言えば、小学生の頃から、文房具でお世話になってきた馴染み深い企業。そこが主催するデザインアワードの審査委員を引き受けたのは5年前のことだった。以来、審査の過程を通じ、先代社長の黒田章裕氏(現会長)をはじめ、黒田英邦社長や社員の方々と接し、誠実で礼儀正しい企業と感じていた。
少しだけ驚いたのは、コクヨホールディングスという傘の下、文房具を扱うコクヨS&Tと、オフィス家具を扱うコクヨファニチャーが別々に存在していたこと。外から見ていたコクヨは、文房具も家具も扱う企業と思っていたのに、実は別々の会社で、連携があまりないのはもったいないと感じていた。
そして昨年、社長の交代があり、黒田英邦さんが社長になった。39歳の若さで代替わりしたこと、それが、前社長が受け継いだ年齢と同じことなどが取り上げられた。
英邦さんは、清々しい温かさと明快な視点を併せ持っている方。その姿は、先代の懐の深さや、真摯で謙虚に物事に取り組む姿勢と重なってもいる。社長就任前は、コクヨファニチャーの代表取締役社長を5年間にわたって務め、業績悪化していた事業を回復基調にした。就任後、コクヨS&Tとコクヨファニチャーをコクヨとしてひとつに統合。歴史ある企業の新しい扉を開いた。老舗の代替わりと、次のステージに向かう改革を目の当たりにし、なぜこのタイミングで、どういう経緯で、そしてこれからどの方向に向かって舵を切ろうとしているのかなどを、新社長にインタビューした。
「コクヨに入るなら、普通の人の3倍は働きなさい」
川島:社長に就任されたのは昨年3月のこと。まだ1年経っていないわけですが、相変わらずお忙しそうです。
黒田:いや、本当はこんなに忙しくてはいけないと思うのですが、何だか忙しいですね(笑)。今日は、こういうインタビューを受けるのは、ちょっとおこがましいと思っていて。社長として、まだ結果も出していないのに…。
川島:そうは言わず、裏表のない率直なお話をと思ってうかがいました。聞きたいことがたくさんあるので、よろしくお願いします。
黒田:わかりました。
川島:英邦さんは、コクヨという企業を営んできた黒田家に生まれ、小さい頃から、いずれは社長になると意識されていたのですか。
黒田:「ちゃんと跡を継げる人になりなさい」と、母親に厳しく育てられた覚えはありますが、「継ぎなさい」と言われたことは一度もないのです。ただ小さい頃、祖父に手を引かれ、文房具の工場に行ってお絵かき帳をもらって嬉しかったことは、記憶に残っています(笑)。だから、継ぐということがよくわからないまま大学に入って、米国に2年ほど留学して、いざ就職となって悩んだのです。
川島:コクヨに入社するかどうかをですか?
黒田:そうです。ちょうど2000年頃のことですから、景気はまだ、そう悪くなかったのですが、うちの会社は厳しい状況にありました。それで、僕の進路について、周囲の人に相談したら、10人中9.9人のアドバイスは、「最初は他の企業に就職し、それからコクヨに入った方がいい」でした。
「外を知らない人は、会社に入ってから裸の王様になってしまう」ということだったのです。親父でさえ「米国の西海岸の銀行を紹介してやる」という魅力的なオファーを出してきましたね(笑)。
Powered by リゾーム?