合格するまで自腹で上海を往復10回

小林さんはどうですか。

アサヒビールマーケティング本部でマーケティング第一部担当課長を務める小林伸之氏、38歳。中国に7年間赴任して、上海と北京で中小企業診断士のネットワークを立ち上げた(写真は北山 宏一)

小林:私は2002年にアサヒビールに入社してから、ずっと営業担当をしてきました。ちょうど小泉内閣が規制緩和に取り組み、酒類小売免許が緩和されてコンビニとかスーパーなどでもお酒が販売できるようになりました。そうなると、これまでお付き合いのあった酒屋さんがどんどんと廃業に追い込まれていく状況になりました。

 酒屋さんだけでなく飲食店さんも担当していて、ビールを売るだけじゃなくて、何か経営に関するお手伝いもできないかなと考えました。口幅ったいことを言いますが、一緒に成長できないかと。そこで中小企業診断士という存在を知り、私も4年ぐらいかかりましたけど、苦労して資格を取得しました。

 実は1次試験に受かった後、上海への転勤が決まったんです。そのため2次試験を受けるために往復して、面接のためにまた往復して、更に企業における実地研修のためにまたまた往復することになりました。実地研修は3社で受ける必要があるので、計10回、飛行機で上海と日本を往復しました。

その費用はすべて自腹ですか。

小林:自費です(キッパリ)。せっかく苦労して取った資格なので何かに生かしたいと強く思いました。まずは情報発信しようと、上海と北京で中小企業診断士会のネットワークを立ち上げました。その頃、中小企業も中国に進出しようという機運が盛り上がっていた時期だったので、我々のネットワークで支援させてもらいました。

 飲食店を例に取ると、中国に進出したいけれど、ノウハウがない。そのときに中小企業診断士会のメンバーがいると、法律やら、資材の調達やら、いろいろとサポートできます。最終的にその飲食店がアサヒビールを扱ってくれればウチの会社も嬉しいと。企業診断士として、お客様の会社に役に立ちながら、自社にも貢献できるという経験をしてきました。

将来の漠然とした不安が資格取得のきっかけ

最後になりますが、松浦さんは、どういった経緯で資格を取ろうとお考えになったんですか。

松浦:私は将来に対する漠然とした不安があったからです。

アサヒビール経営企画本部デジタル戦略部の松浦端部長、50歳(写真は北山 宏一)

(アサヒビールのような)大企業にお勤めでも、そんなことを感じるんですか。

松浦:やはり、定年した後どうなるのかということは、誰でも不安に感じていると思います。今は「人生100年時代」なんて言われていますけど、仮に60歳で退職すると、会社員人生よりもその後の人生の方が長くなるわけですよね。そのとき手に職というか、何か資格があったほうがいいんじゃないかと考えました。でも退職後に何か新しいことを勉強しようとしても間に合わない。ならば、まだ脳がフレッシュなうちに勉強しておいたほうがいいと思って、中小企業診断士の勉強を始めました。

苦労されたんですか。

松浦:それはもう……。私は37歳のときにスタートして、40歳で合格しました。中小企業診断士の資格を取る目安として、1000時間の勉強時間が必要と言われています。たまに1年で一発合格する秀才もいますけど、1年(約50週)で準備しようとすると週に20時間の時間を確保しなければなりません。もちろん仕事をしながらですから、これは大変です。

 今は「働き方改革」の機運が高まり残業時間はどこの会社でも減ってきてはいると思いますが、少なくとも10年前はそうではなかった。仕事帰りに何とか勉強の時間を捻出するとか、土日どちらかはスクールに通うとか、そういう生活が続きました。