すべての相続人が相続放棄をしてしまえば、それで賠償請求に応じる義務はなくなります。

佐藤:裁判をやっても意味はありませんから、鉄道会社はここで諦めざるを得ません。相続放棄をすれば裁判所から受理証明書が出ますからそれを鉄道会社へ持って行って、全て終了でした。

となると、まず「ラッシュの時にトラブルを起こして電車を大きく遅延させると、本人あるいは親族が鉄道会社から億単位の巨額の賠償金を請求される」というのは都市伝説なんですね。

佐藤:億というのは滅多にないと思います。

さらに多くの場合は、賠償請求の交渉は裁判に至る前に決着する、と。自殺の場合、交渉の段階で親族側は故人の遺産から払える額なら払えばいいし、払えなければ相続放棄をすればいい。いずれにせよ、遺族として、遺産以上の損害賠償責任を負う事はない、と。

佐藤:そういう理解でいいと思います。ただ、損害賠償の責任があることは頭に入れてほしいです。

鉄道会社が裁判を起こそうとしない理由

故人の遺産から賠償金を払えるにもかかわらず支払いを拒否したり、相続放棄をしなかったりすれば、鉄道会社は訴えるしかなくなると思いますが。

佐藤:論理的にはそうですが、実際にはそこまで行かないでしょう。まず弁護士に相談すれば、まず間違いなく、遺族は相続放棄か示談を薦められます。そもそも、列車を遅延させる行為は、民法709条の不法行為に該当し、故意または過失によって第三者の権利や利益を侵害した時は、行為者はその損害を賠償する責任があると法律には定められています。それに人身事故は運転事故ではなく、鉄道会社の方には一切の非はないんです。

鉄道会社に非がない以上、普通に訴訟になれば遺族は負ける。だから、弁護士も示談か相続放棄をする戦術を取るのが一般的だ、と。

佐藤:一方、鉄道会社側も、なるべく訴訟を避けようとします。理由は簡単で、鉄道自殺の場合、仮に裁判に勝っても賠償金を取れる確率は高くないからです。というのも、鉄道に飛び込んで自殺をする人の中には、経済的に困窮している方もおられるでしょう。鉄道会社側も、賠償金を払える遺産があるのか調査するはずです。裁判をやって勝っても賠償金は取りようがないと判断すれば、無用な訴えは起こさないと思います。

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