サントリー新浪社長、常に「Who are we」
日本人2人目、CEDの「Global Leadership Award」を受賞
サントリーホールディングス(HD)の新浪剛史社長は9月14日、米国最大の経済政策団体「The Committee for Economic Development(CED)」が強いリーダーシップを発揮して世界の人々や社会に多大な貢献をした人物に贈る「Global Leadership Award」を受賞した。日本人では富士ゼロックス元会長の故・小林陽太郎氏が2002年に受賞して以来2人目。新浪氏はローソンやサントリーHDでの経営者としての実績に加え、日本政府の経済財政諮問会議や世界経済会議(ダボス会議)で積極的な役割を果たしたことが評価された。新浪氏に今回の受賞についての感想や、日本企業の経営者が世界で果たすべき役割について聞いた。
今回の受賞は富士ゼロックスの小林陽太郎さん以来、2人目だそうですね。
新浪:大変光栄なことですよね。CEDはもともと米国の大企業の最高経営責任者(CEO)たちが中心になって、歴史的にはマーシャル・プランなどの提唱や実現に力を注いできたような実績を持つ団体です。今回私が受賞した「Global Leadership Award」という賞は米国外の人物に与えることが前提となっているようですが、日本がこれだけの経済大国であるのに、これまでなかなか受賞者がいないというのは、正直意外でしたね。
確かに意外です。なぜこれまで、日本人経営者の受賞はほとんどなかったのでしょうか。
新浪:1つは、世界の舞台で何らかの主義主張や提言を発信することを、日本の経営者はあまりやってこなかったということがあるのかもしれません。例えばダボス会議や経済協力開発機構(OECD)といった国際会議の中で、自分の考え方を述べたり、経済的な提言を行ったりするということですね。とりわけダボス会議のようなところは、当該の会議だけでなく関連して様々な議論をする場がたくさんありますが、そこに日本人が出ていって他国の参加者の方々と一緒に議論するということはあまりなかったのかもしれませんね。
ダボス会議で議長も経験
逆にいうと、今回新浪さんが受賞されたのはそういった場での実績が評価されたということでしょうか。
新浪:ダボス会議ではパネルディスカッションで壇上に登って議論することも経験しましたが、その中にある個別の委員会で議長を務めさせてもらったりもしました。私が参加したのは「Role of Business」、いわゆるビジネスのあり方や資本主義について論じる委員会ですが、日本人として初めて議長を務めたんですね。
このRole of Businessを論じる中で出てきたのがサスティナブル・キャピタリズム(持続的資本主義)です。長期的に社会に役立つ企業になっていく、長期にわたって投資をしてもらえる企業になるべきという考え方が2008年のリーマン・ショック後、特に注目されるようになりました。ハーバード大学のマイケル・ポーター教授が提唱した「クリエーティング・シェアード・バリュー(CSV)」などもこの文脈で語られますが、こうした議論を世界のリーダーたちと一緒にまとめてきたんです。
ダボス会議にはCEDのメンバーも参加していますし、私自身は政府の経済財政諮問会議など国と関わる仕事もさせてもらっているので、そうした経験の中でCEDのメンバーとの接点も増えていきました。結果的に、私のような日本人が目立ったというか、面白いやつだと思われたのかもしれません。
国際会議の場では、やはりローソンでの実績などを話される機会も多いのですか。
新浪:いえ、個別の企業の取り組みなどについて話すというよりは、企業のあり方としてどのようなものが求められるかという観点で話をすることが多いですね。ただ、日本企業の素晴らしい具体例として、例えばサントリーでいえばファミリーオーナーシップを持つ企業の好例として触れることなどはあります。企業の形態が色々ある中で、企業が持っている文化をどのように作り上げていくか、そうした企業文化の議論を相当したりしますからね。
例えば自動車産業でも、トヨタ自動車やホンダはしっかりとした企業文化があって、世界的なブランドがあって信用がある。一方で、危機に陥った時のゼネラルモーターズ(GM)は短期利益を追求した結果、企業文化を忘れてしまった。「Who are we」ということを忘れてしまったのではないかと。会議ではこうした議論を喧々諤々やる中で、たくさんのリポートが出てきたりするんです。サントリーも含め、こうした日本企業のあり方を発信してきたというところが、今回の受賞に繋がったのかなという気はしています。
経営学は手法ではなく企業文化
そうした意味では、米国の産業界の考え方も変わってきているのでしょうか。
新浪:企業文化が社員一人ひとりの行動にどう宿っているのか、つまりヒューマンリソース(HR)をどうやって育て上げていくのかが非常に重要だと気付き始めているとは感じます。私は「ライスパディーカルチャー」と呼んでいるのですが、ライスパディーとは要は「田植え」ですね。チームで田んぼを耕して育てていく、つまりチームで一緒になって物事を解決していく、さらに言えば、自然を克服するのではなく、自然と共に歩んでいくということですね。
自然の変化に合わせて、自分達がどのように生きていくかという生活の知恵を共同体として持っている日本。その考え方は企業にも息づいていると思います。だから、共同体を構成している構成員は企業で言えば社員ですが、その社員一人ひとりがどのような価値観、つまり企業文化を持って、その行動に反映させていくかとうことは非常に重要です。経営学というのはだから、経営手法ではなく、むしろ企業の歴史であり文化なんだという話を米国の経営者の人たちとはよくしています。
新浪さんの考え方は、最初はかなり驚かれたのではないですか。
新浪:ええ、彼らはそういうところから発想しないですからね。何を言っているんだと(笑)。ですが、長い目で見たときに、社会に生かされている、社会に評価してもらうことの重要性に気づき始めた。逆に言えば、社会に評価されない会社はダメだと。これはリーマン・ショックを経て、米国の人々もつくづく理解したと思います。短期的な利益だけ、自分達だけが利益を得ればいいという人たちと、それでは企業、社会がおかしくなると考える人たち。この2つに大きく分かれていって、結果的に良識を持っている人たちは個々の利益だけを追求してはダメだと気付いたと思うんですね。
その意味では、今回の受賞は私個人がもらったというよりも、日本の企業の良さ、日本の企業のあり方が評価されたということだと捉えています。私はたまたまそうした考え方を発信できる場を持てたので、そういう話をした時に、「日本って面白いよね」と感じてくれた人たちがいたということでしょう。
話を戻すと、新浪さんのように発信力を持つという観点では、日本企業の経営者には課題も多いですね。
新浪:まず大前提として、当然のことながら業績は上げていかなければいけないですね。グローバルで展開する上で為替は非常に重要ですが、短期的に為替に合わせて対処するのではなく、常に「Who are we」、我々は何者で、何のために存在するかを考えていく。日本の企業らしさを強く意識しつつ、しかし数字はちゃんを出していくということですね。自己資本利益率(ROE)を長期的に上げるという目標を掲げることなどもそうです。
その上で、発信力という点では、本来すごくいいリーダーは日本にもたくさんいるのですが、対外的にものを言うというよりも、いわゆる自分の「本業」に専念してしっかりやろうという方が非常に多い。対外的な時間を割いていないということですね。私自身は、実はそうした対外的に時間を割くことが自社にとっても大きなプラスになると考えています。
人間関係の弱さに危機感
確かに、「本業に集中したいから対外的な活動はしない」と公言される経営者は多いですよね。
新浪:問題は時間の割き方だと思います。ダボス会議をはじめとして、自分の考え方や意見を発信できる場は非常に多いですし、日本の経営者はそうした場に呼ばれたらもっと積極的に参加した方がいいですね。参加することで間違いなく人的ネットワークが広がりますし、本業に繋がる部分も必ず出てきます。私の前にCEDで受賞された小林陽太郎さんも、ネットワークがもの凄かったですよね。
その意味で私が今危機感を持っているのは、日米の人間関係、これは経済も政治もそうですが、非常に弱くなっているのではないかなということです。これは小林陽太郎さんの時代と比べると凄く弱いですよね。私は2国間、多国間、海外とのネットワークはまさに本業だと考えていて、例えば我々サントリーで言えば米国にこれだけのコミットをしているわけで、米国の大統領選挙だとか環太平洋経済連携協定(TPP)の行方は非常に意味があるわけですね。だとすれば、米国のビジネスパーソンのネットワークの中で、彼らが何を考えているのかを知ることはとても大きな意義があるのです。
まさに、一次情報として直接意見を聞くことが重要であると。
新浪:そうです。TPPにしても、米国に行って話を聞くと、実は新聞報道とは違った情報が出てくる、または印象が違うことはあるんですね。そうすれば情報の分析の仕方も変わってくるし、対応の仕方も変わってくる。そこで大切なのは、日米の人間関係をつくっていなければダメだということです。中国との関係も同様です。今回、受賞して小林陽太郎さんという大変尊敬する方の後にいただくなんておこがましいですが、でも考えさせられたのは日米の人的ネットワークの再構築が必要だということですね。
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