どういうことでしょうか。

羽生田:仮にクリントン氏が再交渉の論陣を張ったとしても、他国の国会承認を米国がひっくり返すということは普通できませんので、日本やベトナムが議会承認というプロセスを終えてしまえば、「要求はしたが、既に日本もベトナムも議会承認プロセスを終えており現実的に難しい。もう、ちゃぶ台は返せないんですよ」と言い訳ができます。

 また、国際的な通商交渉ではよくあることですが、再交渉はせずにサイドレター(付属文書)で処理するという手があります。協定はそのまま批准して、国内から出ている不満などに対しては協定とは別に一筆を書く。法的拘束力はありませんが、閣僚のサインした協定の附属書なので効果はあります。実際、米韓FTA(自由貿易協定)の際も合意後、サイドレターで追加した項目は少なくありません。

 今回のTPPで言えば、クリントン氏は為替操作防止条項を入れるよう求めるかもしれません。その場合もTPPの条文そのものに書く必要はなく、「国際法に則って対応する」とサイドレターで一筆書いておけばいい。サイドレターの都合がいいのは、「いつまでにサイドレターを書かなければならない」という締め切りがないこと。TPP締約国の中でも特定の国とだけ約束するサイドレターを作ることもできる。言ってしまえば、サイドレターで追加要求するといえば、それで議会を押し通せる可能性がある。

TPP反対で振り上げた拳をサイドレターで下ろすということですか。

羽生田:そうです。現実には、オバマ政権が議会との交渉の中でクリントン氏に配慮して再度レターを要求する可能性はあると思います。

そのクリントン候補には健康不安説が浮上しています。

羽生田:政治家の健康問題は政治力や国民の支持などの面で致命傷になることもありますので心配ですね。ただ、トランプ候補になったとしても、実は楽観的に見ています。

 もしかすると、トランプ氏はいろいろ真面目に考えてTPP反対をぶち上げているのかもしれないと思っていたのですが、先日、NAFTA(北米自由貿易協定)だけでなくWTO(世界貿易機構)の脱退まで言及しました。世界160カ国以上が加盟しているWTOを脱退すれば、北朝鮮に対する関税並みになりますので、米国の輸出企業の多くは潰れるでしょう。要するに、トランプ氏は真面目に考えて話していない。これは専門家にとっては安心材料になります(笑)。

日本やベトナムの議会承認が重要

なぜ日本とベトナムなのでしょうか。

羽生田:ベトナムからご説明しますが、TPPは対中国に対する安全保障という面が強く、ベトナムはTPPの発効を強く望んでいます。フック首相は8月末の米国企業団体との会合で、10月の国会でTPPを批准すると伝えました。経済安全保障としてのTPPは日本にとっても当然重要で、安倍政権の最優先政策でもある。両国とも米大統領選の前に議会承認まで進む可能性があるので、クリントン氏のエクスキューズのために重要です。日本の場合、9月26日からの臨時国会はTPP承認が主要テーマになるといわれていますし。

次ページ 綱渡りのスケジュール