
それは創業者であっても難しいのでしょうか。
プラットナー:簡単なことではないな。組織がここまで大きくなっていては。
プラットナーさん自身は、危機意識は持っていたのですか。
プラットナー:もちろんだ。ただ、私のそれはクラウドサービス自体に対してではなかった。次世代のERPを生み出せないことに対する焦りからだ。危機意識を抱き始めたのは、1998年ころ。当時、ERPソフトのR/3(注:SAPのERPソフトの名前)のリリースから数年がたち、SAPのビジネスがピークを迎えていた。
今起きたことが、リアルタイムに把握できない
SAPのERPソフトは確かに売れていた。多くのグローバル企業が導入した。しかし、個人的にはまだ製品の出来に満足できていなかった。なぜなら、SAPのERPはまだ、経営者の本当のニーズに応えられていなかったからだ。
それは何かと言うと、会社の状況をリアルタイムに把握することだ。
例えば、「最新の売り上げデータ」を知りたい場合。「最新」と言いながら、実際に入手できるのは、直近の締め日まで遡った古い情報だ。たった今受注した製品の売り上げを含めた最新の状況を知ることはできない。
確かにERPソフトによって、基幹業務のデータを統一的に管理できるように はなった。しかし、画面に表示されるデータと、現実の経営状況を示す数字にはまだ乖離があった。
今起きたことが、リアルタイムに把握できないものか。ここに、次世代のERPがあると考えた。
それが、SAPの次の成長を牽引するビジネスであると。
プラットナー:ところが、それを実現するのは簡単ではなかったんだ。当時、社内でも次世代ERPの開発プロジェクトを進めていた。現在のクラウドサービスの先駆けのような製品だった。
しかし、完成した製品は満足のいくものではなかった。
原因ははっきりしていた。既存のソフトと収益を食い合うのではないか、という懸念が社内から起きたんだ。もちろん、直接的にそうは言わない。「信頼性は大丈夫か」「本当に顧客のニーズはあるのか」など、色々な疑念を社内の人間がぶつけてくる。開発には色々な制約があったよ。
社内では既存の事業を脅かすような大胆な製品はつくれない。
それで、どうしたか。私は社内の影響が何もおよばない、自由な環境で研究に取り組むことにしたんだ。ここからの話は、「イノベーションのジレンマ」を克服する方法に関わってくるかもしれない。
それが、ポツダム大学に創設した「ハッソ・プラットナー・インスティテュート」ですね。
プラットナー:そうだ。個人資産を使って、情報技術の研究を目的とした大学と大学院を作ったんだ。ここで、企業の論理に流されることなく、新技術の研究をじっくりと腰を据えてやることに決めた。
大学は商業的な成功をすぐには求められない。取り組むテーマもニッチなもので構わない。しかも、会社の考え方に凝り固まっていない、自由な発想と意欲を持った学生が数多くいる。
そこで、これからの技術について語り合ったよ。学生たちとの研究がなければ、HANAのコンセプトは生まれなかった。
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