「ポケモンGO」上陸で時間争奪戦が勃発
位置ゲームがもたらす負の側面をどう乗り越えていくか
スマートフォン向けのゲーム「ポケモンGO」の配信が、ついに日本でも始まった。7月22日(金曜日)午前10時過ぎにダウンロードが始まると瞬く間にユーザーが殺到。政府が歩きスマホをしないよう注意喚起するほど人気を集めている。無理もない。日本発のゲームながら、米国などから2週間も遅れてのリリースとなった。ファンからすれば、待望のゲームがやっと日本でも遊べるようになった。
ポケモンGOは位置ゲームの1種だ。スマホを含め携帯電話は基地局からの位置情報やGPSを利用して自らの位置を常に把握している。その位置情報を利用して、今いる場所でしか手に入らないアイテムを入手したり、移動距離に応じてポイントを得たりしてゲームを進めていく。
位置ゲームは日本で発展したと言っても過言ではない。2000年以降、まだガラケー時代から位置情報を利用したゲームが登場。代表格が2003年に発表され、今も人気がある「コロニーな生活」だ。運営会社のコロプラは「位置ゲー」の商標を持つほど、老舗として活躍している。
ポケモンGOは日本でも社会現象を巻き起こしているが、それはメリットとデメリットの両方を含めてのこと。そこで、元祖位置ゲーを世に送り出したコロプラの前副社長、千葉功太郎氏にポケモンGOについて聞いた。(聞き手は坂田 亮太郎)
まずは、「ポケモンGO」について、どんな感想をお持ちですか。
千葉:改めてポケモンというキャラクターの強さを感じましたね。ポケモンGOの配信が始まってからまだ2〜3時間しか経っていませんですが(このインタビューは日本でポケモンGOの配信が始まった直後に行われた)、虎ノ門周辺で歩きながらスマホをいじっている人を観察したところ、10人中3人がポケモンGOをやっていました。少ないサンプリングですが、わずかな時間で3割もの人が遊んでいる。これは驚異的なことと言っていいと思います。
千葉 功太郎(ちば・こうたろう)氏
投資家・慶應義塾大学SFC研究所 上席研究所員
慶應義塾大学環境情報学部卒業後、株式会社リクルート(現 株式会社リクルートホールディングス)に入社。インターネット黎明期よりWebサービスやモバイルサービスの立ち上げに従事し、2000年よりモバイル系ベンチャーの株式会社サイバードでエヴァンジェリスト。2001年に株式会社ケイ・ラボラトリー(現 KLab株式会社)取締役に就任。2009年に株式会社コロプラに参画、同年12月に取締役副社長に就任。採用や人材育成などの人事領域を管掌し、2012年東証マザーズIPO、2014年東証一部上場後、2016年7月退任。2015年に業界130社が加盟する社団法人モバイル・コンテンツ・フォーラム代表理事に就任。また、2016年には慶應義塾大学SFC研究所 ドローン社会共創コンソーシアム上席研究所員に就任。国内外インターネット業界のエンジェル投資家として、スタートアップベンチャーやVCへの投資は数十社に広がる。
千葉:私はこの7月にコロプラを退任しました。なので、今日はコロプラの千葉としてではなく、個人としての考えをお話しさせていただきます。
ポケモンは日本発のキャラクターとして世界中でヒットしました。ただ、世代間でギャップがあります。今の30代前半の人が10代前半の頃にポケモンが登場したので、40代以上の人からすると、ポケモンは少し遠い存在ではないでしょうか。これは日本だけではなく、米国などでも同じ傾向です。
ゲームボーイ(懐かしい!)用のソフトとして「ポケットモンスター赤・緑」が登場したのは1996年ですから、今から20年前ですね。今年44歳の私はピカチューを知っていても、他のモンスターは全く知りません。
千葉:この「世代間で認識のギャップが大きい」というのが今日お話しするキーワードになると思います。
日本でも「ポケモンGO」の配信が始まり、多くの人がスマホ片手に街に繰り出した(写真:ロイター/アフロ)
千葉:30代前半から子供まではポケモンに熱狂した、あるいは今も熱狂している世代です。ポケモンGOが7月6日に米国などでリリースされると、最初に飛びついたのは20代と30代前半のポケモンフリークです。その世代にとって、懐かしいポケモンがスマホで遊べるのは大きな魅力です。しかもSNS(交流サイト)を通じて、仲間同士で熱く語れる。これで盛り上がらないわけがないのです。子供の時に比べて金銭的にも余裕はありますから、課金サービスを選ぶ人も多いでしょう。
ただ、盛り上がり過ぎると、必然的にいろいろな問題が出てきます。モンスターをゲットするために歩きスマホをする人が続出するとか、レアアイテム欲しさに入ってはいけない施設に侵入しちゃうとか、社会的な問題を起こしてしまう可能性は高まります。
(注:米国ではポケモンを探していた10代の若者がオハイオ州の原子力発電所に侵入。またカリフォルニア州では20代の男性がスマホの画面を見ていたため、崖から転落する事故も起きている)
こうした行動は、ポケモンから距離を置く人、つまり40代以上の眼にはとても奇異に映るでしょう。「若い奴らは、ゲームなんかのめり込んで、しょうがない…」と。ユーザーが危険な場所や、明らかにふさわしくない場所に出向いてしまうことは、位置ゲーのもたらす負の側面でしょう。そして、ユーザーが危険な目に遭ったり、最悪死亡事故に巻き込まれてしまうこともあるかもしれません。
社会現象になれば認知度は一気に高まる
死亡事故が起きれば、今は好意的に捉えているマスコミの対応も一気に豹変するのは間違いありませんね。
千葉:相当の数の人がポケモンGOで遊ぶ以上、望ましくない事故が起きてしまうのは避けられません。ただ、メディアの方に注目していただきたいのは、その出現率です。ポケモンGOを遊んでいた人が事故に遭うとセンセーショナルな記事となりますが、普通に歩いていても一定の確率で事故に巻き込まれます。ポケモンGOの場合、半端ない人が遊ぶことになるので事故に遭う人の絶対数はどうしても増えてしまう。死亡事故だけは起きてほしくないと願っていますが…。
でも客観的に見れば、「社会現象」ほど、おいしいマーケティングはありません。
昨年4月に、首相官邸にドローンが墜落した事故を思い出してください。直後から、新聞やテレビでドローンに対してネガティブな報道が続きました。「人の上に落ちたら危ない」「上空からカメラを撮られたらプライバシーの侵害になる」「テロに使われたら怖い」などなど。強烈なバッシングを受けることになりました。
ただ、ドローンが社会現象となったメリットもあります。何よりもドローンに対する認知度が一気に高まりました。連日、新聞やテレビがドローンのことを取り上げた結果、どんなに田舎のおじいちゃん・おばあちゃんでも、今ではドローンのことを知っているでしょう。ビジネスをやっている方なら分かっていただけると思いますが、製品やサービスの認知度を高めるためには途方もない時間とお金がかかります。事件化して社会現象となったことで、ドローンはそのハードルを一気に飛び越えてしまいました。
ドローンに対する規制がすぐにできたことも良いことだと思っています。安全な場所で、ルールを守ってさえいれば、安心してドローンを飛ばせるようになりました。私は以前からドローンを飛ばすのが趣味だったのですが、規制ができる前は怪訝な目で見られることもありました。今はルールを守っていれば、堂々と飛ばすことができます。ドローンが社会に溶け込んできたとも言えるでしょう。
ドローンを使う人が増えてくると有効利用の方にも注目が集まります。そうすると規制の中で厳し過ぎるところを緩和しようという流れも出てくる。実際、ドローンにSIMカードを積んで、通信回線を使って自動飛行できるようにしようという話が日本でも出て来ています。そうなればドローンを使って荷物を運ぶことが現実的な選択肢に入ってきます。労働力が不足する日本では、物流をどう確保するのかという課題は避けて通れないはずです。
最初はバッシングを受けたとしても、社会にとって必要なものであれば受け入れられる、と。
千葉:これから3カ月ぐらいの間に起きることを予想すると、日本でもポケモンGOの国民的なブームが起きるでしょう。ポケモンを捕獲するために、これまで物理的に動かなかったたくさんの人が活動の幅を広げる。その量と熱量がもたらす社会的なインパクトは凄まじいものがあります。
やや勢いが落ちてきたインバウンドにも、再び追い風が吹くかもしれません。何しろ、ポケモンは日本発祥であることを外国のユーザーは皆知っています。日本でしか手に入らないポケモンがあれば、こぞって日本にやって来るでしょう。
(注:ネット上では、日本を訪れた外国人がポケストップ=アイテムを入手できる場所=の多さに驚いている書き込みが数多く見られる)
また、忘れてならないのは日本の観光産業にとって日本の観光客の方が圧倒的にウエイトが大きいということです。ポケモンGOによって日本人旅行客が数%増えるだけでも、観光業にとってはとんでもないプラスになります。
ブームには負の側面があり、ポケモンGOに夢中になりすぎて事件や事故に巻き込まれてしまう人が出てくる。これはゲームの運用を改めたり、使い側のリテラシーを向上させたりすることで、ある程度は抑えることができるはずです。
ゲームを目的に全国を旅する人が増える
たくさんの人が家を出て、日本中を歩き回ることは素晴らしいと思います。ただ、せっかく観光名所を訪れたのに、皆がスマホの画面ばかりを見ている…なんて光景は、異様に思えてしまいます。
千葉:それも世代間のギャップに起因する誤解だと私は思っています。例えばお城が好きな人は地方に行ってもひたすらお城ばかり見ていますよね。グルメな人は、美味しい食材を求めて全国を旅します。そうした楽しみ方は旅行の1つのジャンルとして確立しています。それと同じで、これからはゲームを目的に全国を歩き回る人が増えるということです。
年配の方を中心に「若者の○○離れ」という話がよく出てきますが、その1つに若者の旅行離れがあります。世代間で育った環境は全く異なります。今の若い世代は生まれながらに、インターネットがあった世代です。世界中の情報に簡単にアクセスできるので、知らない場所に行ってみたいという欲求は希薄でしょう。放っておいたら家の外に出なかった若者が日本全国を旅することになる。それだけでも位置ゲーの価値があると思っています。
シニアの方からすれば、せっかく観光地に来たのにスマホの画面ばかり見ているのが奇妙に思われるかもしれません。ただ世代や趣味が違えば、旅の楽しみ方が異なるというだけの話です。
位置ゲーにはまっている人もその土地に行けば、その土地の空気を吸って、チラッとかもしれないけれど、周りの景色を見ています。100%ゲーム目的でその土地に訪れたかもしれないけれど、五感でその土地を感じているのは間違いありません。その土地に行けばご飯は食べるでしょうし、移動するためにお金を使っています。ゲームがなければ一生訪れることがなかった場所に生身の人間を移動させることができる。それって素晴らしいことではありませんか。「食べる」「泊まる」という副次的な効果も考えれば、人が移動することの経済波及効果は小さくありません。
更に、位置ゲーの凄さは、どんなところでも人を集める力を持っているということです。例えば、富士山と同じだけ集客力を持つ山は日本にありませんよね。神社仏閣が集中している京都も、観光地としての段違いのポテンシャルを持っています。一方、そうした観光資産に恵まれていない地域はよほどのことがない限り、たくさんの人を呼ぶのは難しい。観光資源を持つ地域と持たない地域で格差が固定してしまっているのです。
しかし、位置ゲーならば、知名度がゼロの地方にも人を集めることができます。そこでしか手に入らないアイテムがあれば、それを手に入れるために訪れる人が確実にいるからです。
これが位置ゲームを運用する面白さであり、難しさでもあります。例えば東京と北海道の帯広を比べた場合、東京ばかりにレアアイテムを出現させると、帯広の人は疎外感を抱くでしょう。一方で東京には東京らしいアイテムを、帯広には帯広でしか手に入らないアイテムを置かないと面白くありません。ゲームとしてのバランスをどう取るか、開発会社の米ナイアンティックの腕がこれから試されることになります。
ユーザーを危険な場所に近づけないようにするために、ポケストップ(アイテムなどが入手できる場所)を適切な場所に設定することなども必要となるでしょう。コロプラでもゲームプランナーが地図とにらめっこしながら、アイテムを置く位置を決めていました。
他人からとやかく言われる筋合いではない
ポケモンGOは無料で遊べますが、ゲームを有利に進めるためにはお金が必要です。どうしても過去に起きた「コンプガチャ」問題を思い出してしまいます。スマホゲームの多くは、希少なキャラクターやアイテムを手に入れるために有料のくじを何度も引かなければなりません。その結果、出費がかさんでしまった人が続出しました。
千葉:ポケモンGOにも有料のアイテムはありますがすべて値段が決まっています。また、くじ引きの要素はありません。ですから、これまでのスマホゲームとは収益構造が異なります。とは言え、自分で判断の付かない子供については、適切に遊べるように大人が管理する必要があるのは当然です。
そう申し上げた上で、大人がスマホゲームにいくらお金をつぎ込もうが他人からとやかく言われる筋合いはない、というのが私の持論です。程度の差はあるとは言え、自分の好きな趣味にお金を使うのは普通のことです。にもかかわらず、ゲームにお金を使う人は、とくに奇異な目で見られます。
たしかにゲームというのは一度はまってしまうとマインドシェアが強烈に高まります。今のゲームはオンラインにつながっていて、ゲームの中で1つの世界ができあがっています。そこにもう一人の自分がいて、その世界の中で輝きたい、周囲の仲間から尊敬を受けたい。そのためにはレベルをマックスまで上げたいとか、レアなアイテムをコンプリート(全て揃える)したいという要求が生まれます。いわゆる、承認欲求です。
でも、それってカッコいいクルマに乗って仲間に自慢したいのと、ほとんど同じではないですか。
時間の奪い合いが始まる
ポケモンGOの大ヒットに競合するゲーム会社は戦々恐々としているんじゃないでしょうか。一時的ではあるにせよ、ポケモンGOに熱中する人が増えれば、他のゲームをやる時間は減ります。
千葉:影響はゲーム会社だけにとどまりません。既に米国では、ポケモンGOのユーザーの1日当たりの利用時間がFacebookやTwitterを超えたというデータも出ています。影響はあらゆる業種に及ぼすはずです。何しろ1日は24時間しかありません。これからはユーザーの時間の奪い合いが始まります。テレビや新聞などのメディアも多大な影響を受けるはずです。傍観していられる人などいないのではないでしょうか。
とは言え、3カ月もすればブームは落ち着き、半年の間にトラブルも出尽くすでしょう。ただ、位置ゲーというのはライフタイムが長いゲームです。通常のゲームであれば1週間徹夜すればクリアできたりしますが、位置ゲーは移動しなければならないのでそうもいきません。位置ゲーは薄く、長く楽しむものなのです。
ポケモンGOは全世界で同時に流行っている位置ゲーです。これはこれまで人類が経験したことがないことです。それが、今回の最大のポイントだと思っています。まずは世界的にスーパーヒットしたゲームを皆で楽しみましょうよ、と申し上げたいですね。
開発したのは米国のナイアンティックですが、任天堂と株式会社ポケモンが参画しています。日本発のキャラクターであるポケモンを世界中の人が楽しんでくれている。「ミッキーGO」ではなく「ポケモンGO」なんですから、我々日本人にとってはこんなに嬉しいことはありません。その上で、位置ゲーがもたらす地域活性の力をぜひ正面からとらえてもらいたいですね。
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