若くても「セルフネグレクト」になる

 高齢者だけでなく、比較的若い方のケースもあります。ある40代の男性の場合は、ゴミ屋敷化した住居に対しての近隣住民からの苦情がきっかけで自宅を訪問しました。確かに家の周りはゴミでいっぱいでネズミや害虫が住みついていました。

ゴミでいっぱいの住居を訪問すると、住みついているネズミに遭遇することが少なくないという。「ネズミが足もとを走っていると内心とても驚きますが、信頼関係を壊さないように、努めて冷静にふるまうよう心がけていました」。(画像:PIXTA)

 その男性は、奥さんと幼児、赤ん坊もいる4人暮らし。確かに家の外も中もゴミがいっぱいで、トイレへの通路の前だけ辛うじてゴミが置かれていないという状況。にもかかわらず、その男性はその辺りにある沢山の物をゴミとは認めておらず、いずれも「自分が営む商売に関連する財産であるから捨てられない」という説明でした。

 「毎日どこで寝ているのですか?」と聞くと、奥さんと子供たちはそのトイレの前の通路で寝て、その男性はほかに場所がないのでトイレのドアの前で立ったまま寝ている、と。子供もいるのでこのままでは大変なことになると思い説得を試みた結果、トラック1台分のゴミを撤去することに同意してくれました。それから時間をかけて家の中も少しずつ片づけていき、お風呂にも入れるようになり、生活は徐々に改善していきました。ところが、まさにその矢先、その男性が突然亡くなったという連絡が入ったのです。

 その方は高血圧の持病があったのですが、死の原因は不明のままです。ほかにも持病があったのかもしれません。でも、もしかしたら、ゴミの中で暮らすという生活スタイルを自分たちが変えてしまったからではないか…という考えもよぎりました。落ち込んでいると、奥さんが区の窓口にやってこられました。どのように声をおかけしていいか分からないまま、お悔やみの言葉をお伝えすると、「ゴミが片づいて、子供と川の字になって寝られるようになりました」とお礼を言ってくださいました。すこし安堵するとともに戸惑いも残り、色々なことを深く考えさせられた忘れられないケースになりました。

認知症によって生活が成り立たなくなるケース

今お話しいただいた2つのケースは、先ほど岸先生がお話しになった表現で言えば、「当然行うべき行為を『行わない』」というケースですね。もう一方の「行うべき行為を『行えない』」というケースにはどのような方がいらっしゃいましたか。

:「行わない」のではなく「行えない」というのは、やはり精神を病んでいたり、認知症だったりというケースですね。例えば、娘さんからの依頼で訪問したある60代の女性の場合、その方の家にうかがうと挨拶や所作はとても丁寧なものでした。娘さんのお話では「最近、身の回りのことが少し疎かになっているようだ」とのことでしたが、その女性は鮮やかな手つきでお茶を入れてくださいました。ただし、そのお茶の鮮やかな色に私は驚きました。お茶ではなく、入浴剤だったのです。

 もしかしたら認知症が始まっているのかもしれないと思い、私はトイレをお借りすることにしました。認知症が始まっていると、尿失禁などがみられるケースが多いからです。トイレに行くと便器の中の水の溜まるところに下着が浸かっていました。下着を汚してしまい、そのままにしたのでしょう。食べ物の管理も十分でなかったために、部屋にはネズミが開けたと思われる穴があちこちにありました。

 電話でのやりとりの声はしっかりしていても、実際の生活や精神状態は訪れてみないと分からないというケースがあります。娘さんに連絡をして、それからはその方が定期的に訪れて家事を手伝うようになりました。それまで人との交流が少なく孤立気味だったのですが、デイサービスに通うとそれが楽しみになっていき、その方の生活は改善していきました。

丁寧な所作で入れてくれたものは、お茶ではなく入浴剤だった。