富士重工業の吉永泰之社長インタビューの後編。前回は来年4月に社名を「SUBARU」に変更する狙いや経緯などを聞いた。今回は、EVなど次世代技術の開発に向けた社内の組織の再編やその決断について聞いた。

(聞き手は熊野 信一郎)

吉永 泰之[よしなが・やすゆき]
1954年東京都生まれ。77年3月成蹊大学経済学部卒業、同年4月富士重工業入社。主に国内営業と企画部門を担当する。2005年執行役員/戦略本部副本部長兼経営企画部長、2009年取締役兼専務執行役員/スバル国内営業本部長。2011年6月に社長に就任。「莫妄想」を座右の銘とし、物事の本質を素直に見て、実行することを心がけている。 (撮影:的野 弘路)

社名変更の発表と同じ日、今年10月に産業機器カンパニーを自動車部門に統合することも発表しました。産業機器事業は規模は小さいとはいえ、黒字です。これまでも事業の撤退や他社への譲渡を進めてこられましたが、今回はどのような背景があるのでしょうか。

吉永:本当に悩んだのは、社名変更ではなく産業機器の方でした。社名を変えることもいろいろ考えはしましたけど、悩むというものとは違いました。ただ産業機器カンパニーには、そこに勤務している従業員がいますから。

 社長になってからすぐに、塵芥収集車や風力発電の事業を他社に譲渡しました。産業機器カンパニーはそれらと比べると規模も大きく、社員も多いんです。ですから自分たちでやっていけるのであれば、その方が社員も幸せと考えて、手を付けませんでした。

当時、再編の検討対象になったのでしょうか。

吉永:はい。でも、すごく柔らかい検討です。社長になる前には戦略本部にいたので、検討していた張本人でもありました。産業機器の場合、簡単に事業譲渡先は見付けられません。ただ、従来と同じ形態ではなかなか厳しいので、最終製品を持てるような道を考えるなど、もっと付加価値を取れるように事業形態を変更しようと努力してきました。

 汎用エンジンは、言葉通り「汎用」で、主たる競争相手は中国製エンジンです。コスト競争で勝つことは難しい。いろいろな可能性を探ってきたのですが、結論はやはり厳しいんですよ。アベノミクスで円安に振れたので、数億円は利益が出るんです。ただこの先に円高になっていくと、必ず赤字になり、試験研究費等を減らさざるを得なくなる。そうなれば社員の苦労も報われないだろうなと思っていたんですね。頭の中では。

 ただ、具体的な手段を思い付かなかった。そこに、昨年の夏ぐらいから、自動車のビジネスで人手不足が本当に深刻になってきたんです。

昨年の夏に何があったのでしょう。

吉永:販売が伸び続ける中、将来の環境規制対応も非常に大変になってきています。中途も新卒も、この数年で採用を増やしているのですが、若い人を増やしたら今度は管理職が足りなくなるとか、次々に課題が噴出したのです。

 そこにある日、技術本部のトップが、「産業機器の力とかでも借りられたら…」とぽつんと言ったんですよ。移籍してほしいという意味ではなく、誰でもいいから手を借りたいという思いからくる、何気ない一言でした。

 そこで私は、「あれっ」と思った。そのときは黙っていたんですけど、頭の中ではつながりました。産機の将来が厳しいという話と、自動車の人が足らないという話とがつながったんです。すぐには理解してもらえないかもしれないけど、産機の人たちにとっても、絶対に一番いい解になるはずだと。同じ会社の中での異動ですから。