世界経済の回復基調を背景に、好業績に沸く日本企業。しかし、それとは裏腹に、現場で働くビジネスパーソンには得も言われぬ閉塞感が漂う。「会社の成長が見通せない」「人間関係がうまくいかない」「今後も、結果を出し続けられるのか」…。
自分一人では思い通りにいかない状況。かといって誰にも相談できない。そんな現実に、ビジネスパーソンはどう向き合えばいいのだろうか。全国約1万200カ寺、信者数792万人を抱える日本最大級の仏教教団、浄土真宗本願寺派総長の石上智康氏は、「変化をありのまま受け入れることが大切」と説く。
物事は常に変わっていく。それを所与とし、すべてを直視すること。仏教の背骨となる考え方を理解することが、現代を生きるビジネスパーソンの心を楽にする。その要諦を、石上総長に聞いた。
(聞き手は 蛯谷 敏)

浄土真宗本願寺派総長。1936年東京生まれ、東京大学印度哲学科修士課程終了。武蔵野大学、龍谷大学の理事長も務める。敦賀女子短期大学教授、財団法人全日本仏教会理事長、日本宗教連盟理事、文化庁宗教法人審議会委員などを歴任。最新著作は『生きて死ぬ力』(中央公論新社)。(写真:的野弘路、以下同)
ビジネスパーソンの多くが、日々の業務で多くのストレスを抱えています。
石上:私自身、1万カ寺以上の寺院を擁する教団の総長とともに、武蔵野大学と龍谷大学の理事も務めています。あなたの言われる、組織人が抱える悩みについては、よく理解できます。組織の中で働いていると、自分の思い通りに物事が進まないことが少なくありません。実際に取り組んでいる業務そのものだけでなく、普段仕事をしている周囲の人との関係にまつわる悩みもついてまわります。
しかし、これらの問題は、突き詰めていけば、「私」に執(とら)われているからではありませんか。人間はどうしても、この「私」が忘れられないところで生きています。
「私」に執われている?
石上:そうです。「私」に執着しているとも言える。人は、何事も自分の思い通りに行ってほしい、なってほしいという欲があります。それが、自分の思う通りにならないと、苦しみ悲しみとなりストレスの元になります。心が晴れないんですね。
例えば身近な人を亡くすと悲しみに暮れます。私の母は92歳で亡くなりました。最期の別れの時、理屈抜きで涙が出た。愛する人にはいつまでも元気でいてほしい。その欲が打ち砕かれて悲しみとなるわけです。
しかし、そもそもこの世の中の事実として「変わらない」ということはあり得ません。あらゆるものが、常に変わり続けている。「変化している」というこの世の真実に対して、良いとか悪いとかいう人間の分別、価値判断が入り込む余地は本来、ありません。これを、仏教では「無常」という言葉で表現しています。
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