現場の整理がほぼ終わって、最後の確認をしていただくために私はその写真の束を娘さんにお渡ししました。そして、娘さんがその写真を裏返して、お父さんの書いたコメントに目をやった瞬間、それまでの不機嫌そうな表情から一転、ぽろぽろと涙を流しました。
写真をめくる指が震えていました。おそらく、5歳の時にお父さんと生き別れたという娘さんは、お父さんのことをよく知らなかったのでしょうね。遺品の中には当時のカレンダーもありました。そのカレンダーの日付の部分にも、娘さんの“成長記録”が細かい文字で書かれていました。
娘さんは、「父親を憎んでいました。でも、私が生まれたことを、喜んでくれていたのですね。写真が見つかって、本当に良かった」と話し、写真を大切そうに持って、お母さんとともに現場を後にしていきました。

「遺品」が親子の間の誤解を解くこともある
「父親に愛されたことはない」と思い込んでいたけれども、実際には愛されていたことが「遺品」によって分かった、ということでしょうか。
内藤:そうだと思います。私は今までに約1800件の遺品整理の現場に立ち会ってきましたが、その中には、このケースのように故人と依頼者さんが長い間会っていなかったという方が少なからずいらっしゃいました。
しかし、このケースのように「遺品」が両者の誤解を解いたり、両者をつないだりすることがあるのです。「こういう人だったんだ」と初めてわかることもあるわけです。
残された遺品は人生の“縮図”なのであり、どんな現場でもそれぞれのドラマがあります。幸せだったのか、そうではなかったのか…。片づけをしているうちに、この人はこんな人生を歩んでいたのかな、というのが、私にはおのずと想像できてしまいます。忙しく作業の手を動かしながらも、つい自然と故人の人生に思いをめぐらすこととなるのです。
ほかに、思い出に残っている現場というのはありますか?
内藤:たくさんあります。現場に立ち会っていると、すべての仕事が印象深いです。例えばあるケースでは、一人暮らしのおばあさんの使っていた部屋の片づけを、お孫さんに依頼されました。部屋に入ると、ほかの現場では滅多に見ないくらい、とってもきれいに片づいていて驚きました。片づいているだけでなく、エアコンや換気扇までピカピカに掃除されていたのです。
遺品も少なく、正直なところ、遺品整理業者である私がすべき仕事はあまりありませんでした。依頼者に話を聞くと、90歳を超えて一人暮らしをしていたそのおばあさんは、病院に運ばれる前日にハウスクリーニングを依頼したのだそうです。そして、病院に入るとその日のうちに老衰で亡くなったということでした。ご自分の死期を悟っていたのでしょうか? そのおばあさんの凛とした覚悟がしのばれて、心に残っているケースです。
ちなみに、そのおばあさんの遺品には、二人のお孫さん(そのうちの一人が依頼主)宛の手紙がありました。
手紙の中からは、感謝の言葉とともに、次の正月に二人のお孫さんに渡すために用意されたお年玉が出てきたそうです。

Powered by リゾーム?