『世界史で学べ! 地政学』などの著書がある茂木誠氏に聞く第二弾。世界の注目を集める現在進行形の事件について、その意義と背景をリアリズムの視点から斬る。取り上げるのは「ブレグジット」「パナマ文書」「中国の一帯一路政策」「カラー革命とアラブの春」だ。
(聞き手 森 永輔)
(前回記事はこちら)
ブレグジットは、英国によるドイツ覇権への反発
ここからは、いま注目を集めている出来事を対象に、世界史と地政学の視点からどう解釈できるかうかがいます。最初のテーマは英国のEU(欧州連合)離脱(ブレグジット)です。英国はこれまでオフショアバランシングを対欧州大陸政策の柱にしていました。大陸に覇権国家が現れそうな時にはそのライバル国を支援して叩くというものです 。第2次世界大戦ではドイツを叩くべく、ソ連と手を組みました。それまでグレートゲームを戦ってきたにもかかわらずに。ブレグジットはこのオフショアバランシングとはずいぶん趣を異にしているように見えます。

茂木:英国にとってドイツは長年のライバルです。ブレグジットは、ドイツの風下には立ちたくないという英国のナショナリズムの表れでしょう。英国から見ると、EUはドイツに仕切られている機関にほかなりません。
英国は産業革命によっていち早く工業立国を実現したものの、19世紀後半には輸出額でドイツに抜かれ、金融立国に転換しました。輸出によって蓄えた資本を外国に投資し、その収益によって成り立っています。いま、この金融国家の地位もドイツに脅かされるようになりました。冷戦が終わって東西ドイツが統合し巨大ドイツが復活したことも英国にとって脅威でした。ユーロ導入を拒否してポンドを守ってきたのもそのためです。
ドイツが仕切る大陸市場に依存したくない英国が選んだ投資先が中国です。中国の習近平国家主席が昨年10月 に訪英した時に、キャメロン首相らが非常な歓待をしたことが話題になりました。中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加するといち早く名乗りを上げたのもこのためです。米国の不興を買うことも厭いませんでした。
第1次世界大戦の時にロシアと手を組んでドイツを叩いたように、他の国と協力してドイツにビジネス的に対抗することは考えなかったのでしょうか。
茂木:現在の欧州にドイツと対抗する力を持った国は見当たりません。
ロシアも頼りにはなりません。プーチン大統領とドイツのメルケル首相が良好な関係を維持しています。またロシアは、「90年代に外資導入で痛い目にあった」というネガティブな感情を英国に対して抱いています。プーチン大統領の前任だったエリツィン大統領が外資の導入と資本主義化を推進したのに伴って、ガスや石油といった基幹産業を含む多くの企業が外資企業やそれと結んだ新興財閥によって買収されたからです。
米国のドル支配に対しても、英国は快く思っていません。ドルもユーロも敵となれば、人民元と手を組むしかない、というのがロンドンの金融街(シティ)の判断です。
パナマ文書はドイツによる英国への意趣返し
パナマ文書が注目を集めています。これはドイツによる英国への意趣返しの面があるでしょう。この文書を最初に入手したのは南ドイツ新聞とされています 。そしてキャメロン首相と習近平国家主席の名前がいの一番に報じられました。
この文書を世界に公開した国際報道ジャーナリスト連盟(ICIJ)という団体には、米国の代表的ヘッジファンドのジョージ=ソロスが資金を提供しています。ウォール街は、英国と中国が関係を密にするのを面白く思っていません。同文書を巡って、米国の大物政治家の名前が出てこないのも作為を感じます。
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