治療はEMDRのトレーニングを受けた専門家の元へ

EMDRは、素人が自分自身に行うことは可能ですか。自分もストレスを感じたときや行き詰まったときに、目を上下左右にグルグル動かすといった「目の体操」をすると、気持ちがスッキリするのは日ごろから感じているのですが…。

白川:残念ながら、EMDRは専門的な知識と経験が必要な治療法であり、一般の人が自分で自分に対して行うことは困難です。EMDRは嫌な記憶を思い出しながら眼球を左右に動かすだけという単純なものではありません。また当然ながら「目の体操」をすると気持ちがスッキリするなどといった現象と、トラウマの治療法のEMDRは似て非なるものです。

 EMDRの治療では、トラウマの元になっている記憶をクライアントとの対話により見つけ出して、その記憶についての適応的情報処理をするだけではありません。EMDRで「過去」の記憶の処理をしたら、次に「現在」の苦しさの元になっている記憶の適応的情報処理をします。さらには「未来」の肯定的なイメージも植え付けていきます。

 分かりにくいかもしれないので、具体的に例を挙げてみましょうか。あえてトラウマとは定義されませんが、苦痛な体験の例にしましょう。仮に、小学生時代に学校のクラスメートに「集団いじめ」に遭った方がいたとします。言葉と態度によるいじめだったのでPTSDの診断における、狭義の(医学上の正式な分類における)トラウマには当てはまりませんが、いじめの体験が未処理の記憶として残っているようなケースです。

 人前に出るとドキドキしたり緊張のあまり話せなくなってしまうのです。その人に対するEMDR治療では、まず過去の辛い「いじめられた体験」を思い浮かべてもらい、その記憶の適応的情報処理を試みます。それができれば「いじめられた体験」がフラッシュバックするような症状はなくなります。

 しかし現在も、相変わらず人がたくさんいると怖くて耐えられなくなるという症状は続いている。この症状も改善させるため、現在の症状の引き金となっている「たくさん人がいる場面」を思い浮かべてEMDRを行い、その症状を改善します。そして最後に、未来に向けた肯定的イメージを持たせるのです。ビジネスパーソンであれば、たくさんの人がいる前であっても、たとえ緊張してドキドキしたとしても、プレゼンテーションを上手にできるようなイメージを植えつけていく──ということです。このように、EMDRの治療対象には、狭義のトラウマ体験だけでなく、「トラウマのように記憶に残った苦痛な体験」も含まれます。

 今、見てきたようにEMDRの治療は、「過去」の体験に対してだけでなく、「現在」「未来」におよぶもので、簡単ではありません。トラウマやPTSDなどに対するEMDRの治療を受けたい方は、正式なトレーニングを受けた治療者を選んでください。日本EMDR学会の「EMDR治療者リスト」を参考にして、正式なEMDRのトレーニングを積んだ専門家に受診していただきたいと思います。

今後、EMDRはどのように用いられるようになるでしょう。

白川:EMDRは、トラウマやPTSDに対する治療法として臨床や研究が進められてきました。その過程で、トラウマ・PTSDに対してだけでなく、うつ病、パニック障害、不安障害、摂食障害、恐怖症、ストレス軽減、パフォーマンスの向上などといった、様々な症状や状態に効果があることが分かっています。症状の重いトラウマやPTSDを抱えている患者さんだけでなく、生きづらさを感じて悩んでいるような患者さんの原因記憶の処理など、比較的軽度の症状の治療にも幅広く用いられるようになると思います。

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