白川:EMDRをトラウマ治療に用いてみた結果、従来の治療経験と比較してトラウマ記憶の処理が速く、従来の手法より苦痛が少なくてすむという感触を持ちました。クライアントの症状を改善するという点で、明らかな効果も出ていました。例えば、難治とされている複雑性のPTSDのクライアントについても通常の面接治療よりはるかに少ない回数で症状が確実に良くなっていました。以来、有力な治療手法の一つとしてEMDRを20年にわたり取り入れてきました。

比較的シンプルな手法で、滞っている自然な回復を促す
白川:少し専門的な話になりますが、トラウマの治療では、EMDR以外にもすぐれた治療技法があります。例えば、「トラウマ焦点化認知行動療法」に位置づけられる持続エクスポージャー療法(精神科医やセラピストの支えを受けながら、直接出来事について語ることを繰り返し、トラウマ記憶を馴化[じゅんか、ある刺激を繰り返し提示することにより、その刺激に対する反応が軽減していく現象]させる治療技法)や、認知処理療法(トラウマ体験によって生まれた思い込みやこだわり、考え方の癖を系統的に見直していく治療技法)などが、既にエビデンス(治療実績に基づく根拠)の得られたすぐれた治療技法として認められています。
また子どもに対しては、「トラウマ・フォーカスト認知行動療法」という治療法が推奨されており、私も実践しています。
このような数々のすぐれた治療技法があるなかで、私にとってのEMDRの際立つ魅力は、身体そのもの自然回復力に基盤を置いた側面です。患者がその状況を思い浮かべながら、精神科医やセラピストの左右に動く指の動きを目で追うといった、身体に対する「二重交互刺激」という比較的シンプルな手法により、滞っている本来必要で自然な回復を促すのです。
もちろん、クライアントの主訴(最も強く訴える症状)や、生活歴、これまでの経過を聴取し治療の対象とすべきターゲット記憶を探っていく過程では、信頼関係を基礎とした対話をすることが欠かせませんが、凄惨な体験を詳細に言葉で表現する必要はほかの手法と比較して少ないという意味で、クライアントの負担は小さい。クライアントが、トラウマの原因となっている記憶のイメージを思い浮かべることができれば治療を進めることは可能です。WHO(世界保健機関)も、EMDRについて患者の負担が比較的少ないトラウマ治療の方法であると推奨しています。
またEMDRでは、トラウマ記憶そのものを扱うこともできますが、それ以外にも、「現在最も苦痛な症状」から、それと関連する過去の記憶にさかのぼって、苦痛な症状をすみやかに軽減するプロトコル(手順、手法)も、最近では推奨されています。精神疾患においても心理的な苦悩においても、必ずしも「トラウマ」と定義できない、些細な出来事に影響を受けているケースが多々あります。それらも扱うことができるのがEMDRの特長の1つです。
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