「恐怖の場面がフラッシュバックする」「夜、眠れない」「怒りが込み上げてくる」──。震災の体験や、犯罪被害、虐待、事故などによって、心にトラウマを負った人は、意識の下に“冷凍保存”してしまった恐怖記憶に繰り返し苦しめられている。症状を軽くするために、かねてから様々な手法が開発されてきたが、近年、注目を集めているのが「EMDR」という治療法だ。
トラウマの原因となった場面を思い出しながら、左右にリズミカルな眼球運動を行うことで記憶の情報処理を促進し、「フラッシュバック」などの症状を減らしていく手法。比較的短期間で高い治療効果が得られるほか、患者の精神的負担の少なさが特長だ。トラウマやPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療を専門とし、東日本大震災後には数多くの被災者のトラウマ治療にもあたった、精神科医の白川美也子さんに、EMDRを用いた治療方法について話を聞いた。

東日本大震災から6年、今も多くの人がPTSDで苦しむ現実
今年の3月で東日本大震災からで6年が経ちました。しかし、今もなお被災者の中にトラウマやPTSDに苦しめられている方々が多数いるということがいくつもの調査によって明らかになっています(※注1)。そもそも「トラウマ」というのはどのようなものなのでしょうか。
※注1 例えば、早稲田大学の災害復興医療人類学研究所長・辻内琢也教授と避難者支援団体「震災支援ネットワーク埼玉」が共同調査した結果(今年3月発表)によると、福島の原発事故により首都圏に避難している人たちの46.4%がPTSDの可能性があるという。(東京新聞 2017年3月13日朝刊の報道による)
白川:トラウマは、心が耐えられる以上の衝撃を受けた時に心が受けた傷のことで、原因としては、天災の経験や、犯罪被害、交通事故、虐待、DV(ドメスティック・バイオレンス)…など、生命や身体の安全に脅威を及ぼすような体験が挙げられます。
犯罪被害や事故のように一度だけの打撃で受けた傷の場合もあれば、虐待やDVのように長期にわたり繰り返された行為によって負った傷の場合もあります。複雑なケースもあって現れ方もひと括りにはできませんが、いずれのトラウマもクライアント(患者)の心身や対人行動に影響を与え、その人の人生を困難なものにしてしまいます。
もちろん、悪い記憶が脳に記録されること自体には、生存する上で必要な側面もあります。同じような事件や事故に二度と遭わないように注意することは、生物が生き延びるために不可欠です。また、トラウマ記憶(恐怖記憶)によるフラッシュバックが起きた時、周囲の人にその事件について語ることにより、周囲の人も危険について知ることができます。それはみんなの安全につながります。
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