ベンチャー投資、大企業の資金だけでは不十分
年金基金も呼び込めるエコシステムが新産業創造のカギ
イノベーションを起こそうと、大企業のスタートアップ投資が盛んだ。こうした資金が、ベンチャーキャピタル業界を活気づかせている。スタートアップ投資を取り巻く日本の現状について、日本ベンチャーキャピタル協会の仮屋薗聡一会長に聞いた。
仮屋薗 聡一(かりやぞの・そういち)
三和総合研究所を経て1996年にグロービスのベンチャーキャピタル事業設立に参画。現在はグロービス・キャピタル・パートナーズのマネージング・パートナー。15年7月に日本ベンチャーキャピタル協会会長に就任(写真:稲垣 純也、以下同)
仮屋薗さんは2015年から日本ベンチャーキャピタル協会の会長に就いていますが、この間、大企業によるスタートアップ投資がかなり活発になってきています。これまで協会の会長として、どのような活動に力を注いできたのですか。
仮屋薗聡一(日本ベンチャーキャピタル協会会長):私は2015年7月に会長に就任したのですが、その際、3つのテーマを掲げました。1つ目が、ベンチャーキャピタル(VC)のエコシステムを作るということです。
当時、協会の会員数はベンチャーキャピタル、コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)を合わせて50社に満たない程度で、協会への参加率は必ずしも高くありませんでした。まずは、業界内での協会のカバレッジを上げて、名実ともにVC業界をしっかりと代表する組織になることを目指しました。
その甲斐があり、私は会長になって3期目なのですが、会員数は110社になりました。私が就任して以降、ジャフコやみずほキャピタル、SBIインベストメントなどに参加していただきました。いずれも大手ですが、それまでは参加していませんでした。グローバル・ブレインやWiLなどの独立系も多く参加してくださっています。
カバレッジを高めることには理由があります。VCの投資は昔から、コンペティション(競争)よりコラボレーション(協力)なんですね。米シリコンバレーでもそうですが、VCがそれぞれの持ち味を提供して投資先の企業価値向上に貢献するというスタイルが主流です。それを実現するには、VC同士が密に交流して、シンジケーション(協調)やコラボレーション(協力)を促進するエコシステム作りが非常に重要なのです。
当時、日本ではそういう意識があまりなかったのですか。
仮屋薗:各VCが個別に動いていました。ただし、業界全体として、というものではありませんでした。前会長のころからエコシステム作りに力を入れ始めていて、私がそれを引き継ぎました。
VC各社のコミュニケーションを活性化するために、勉強会をかなりの回数、重ねています。ベストプラクティスやワーストプラクティスを共有して、投資先の企業価値を高めるためです。今や、それぞれが強みを隠してこっそり投資をするという時代ではありません。
もちろん、各社には独自の投資スタイルや文化があります。それは当然、維持するのですが、一緒にやれるところは一緒にやろうと。例えば、新人や中堅の育成のための講座を協会として作ることなどもしています。OJTで仕事を覚えてもらうことも重要なのですが、基本的な業務のプロセスなどについては協会が教える体制を整えています。会員各社からトップキャピタリストやトップコンサルタントを講師として派遣してもらって、各社から新人などを一度に集めて教えるわけです。10以上のクラスがあって、各社のリーダー格が講師として登壇することで、他社のトッププレーヤーから学べるという非常にユニークなプログラムになっています。
そして2つ目のテーマが資金、いわばファンドのエコシステムの充実です。
米国と違い日本は大企業がベンチャー投資を主導
VCとしては資金集めが非常に重要です。
仮屋薗:昨年、日本でのファンドレイズ額は2000億円前後でした。その規模はアベノミクスがスタートした時点から大きく伸びています。
額は米国と中国が突出しています。VCの投資額では、米国が8兆円ほどで中国は4兆円程度です。それぞれ日本の40倍、20倍といったところです。GDP(国内総生産)の水準を考えると、日本はまだまだ遅れていると言わざるを得ません。日本の成長を考えると、資金量の拡大が非常に重要だと考えています。
米国と比較すると、こうした資金量の差は、いわゆる機関投資家からの資金の差によるところが大きいですね。年金基金や大学の基金、そして個人の有力な基金などです。ファンドの出資者の内訳で見ると、こうした機関投資家のお金は日本ではわずか1%程度しかありませんが、米国では過半を占めています。
日本では、どこが主な資金の出し手となっているのですか。
仮屋薗:企業、主に大企業です。戦略的なシナジーを念頭に置いた投資ですね。その傾向は、オープンイノベーションを目指して設立が相次いでいるCVCに顕著に現れています。
大企業の資金がベンチャー投資に多く入ってきていることは、米国と比べても大変ユニークですし、いいことだと思っています。ただし、成長資金のマネーの総額で考えると、やはり機関投資家の資金が安定的に入ってくる環境が必要だと思います。
我々VCが何をやっているかというと、突き詰めれば将来の産業育成と雇用創出です。本来的には、我々市民のお金を中長期的に運用している年金基金と相性がいいはずです。自分たちの子供、孫の時代の産業を新たに育成するための資金として、年金基金の一部の資金が使われ、そこからリターンを得るというのは望ましいサイクルだと思います。
今の日本ではまだ、それがうまく回っていませんが、(世界最大の年金基金である)年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の動向に注目しています。
もちろん、そうした大切な資金をお預かりするためには、我々VC側も受託者責任をしっかり果たせるよう、業界全体のレベルをもっと高めていかなければならないと考えています。
ちなみに、米国では機関投資家も巻き込んだエコシステムが1980年代にできたことが、IT産業の隆盛の契機になったんですよ。
どういうことですか?
仮屋薗:米国では70年代に、エリサ法という年金基金の運用に関するルールを定めた法律で、年金基金がオルタナティブと呼ばれるVCも含む分野に投資ができるようになりました。その資金が、80年代にコンピューターやソフトウエアという新しい技術に投下されて、ITが新たな産業として立ち上がっていきました。
ここで忘れてはならないのが、VCのベンチャー投資は、ベンチャーを単に応援することが目的ではなく、あくまでもしっかりと運用としてリターンを上げるものでなくてはならないということです。当たり前のようですが、しっかりとリターンを出せなければ、市民の大切な将来のためのお金を預かる年金基金が、資金の出し手になってはくれません。
結果を出して、産業育成もして、有用なリターンを出すことはセットでなくてはなりません。我々も、リスクマネーを預かる確固たる哲学を持たなくてはならないと考えています。
今、日本の年金基金も投資先としてVCを考え始めています。世界の投資家も、日本に注目しています。こうした資金をしっかりと預かれるかどうか、我々はまさにドアの入り口にいると思っています。
これが、2つ目のファンドのエコシステムです。そして3つ目が、オープンイノベーションですね。
目的に応じたKPIを定めないと失敗する
自前主義ですべてをやるのではなく、社外のリソースを活用してイノベーションを促進するという考え方ですね。
仮屋薗:我々は、オープンイノベーションは今の時代の要請だと思っています。協会には大企業・産学連携部会というのがあるのですが、これらの部会は非常に活発に活動しています。
ベンチャーと大企業の連携に関しては、CVCが活発ですね。私が会長に就任した当初はCVCの加盟は5社しかありませんでしたが、今では30社に達しており、どんどん設立されています。
大企業には、どうやってスタートアップと付き合ったらいいのかという悩みも多そうです。
仮屋薗:企業ごとに、CVCの目的やストラクチャーは様々ですよね。ベンチャーを買収して、それを新規事業の軸に据えようというものから、どのような技術があるのかをとりあえず探そうというサーチレベルまで、いろいろです。
サーチレベルですと、複数のVCファンドに出資をして、そのVCが持っている案件の情報を集めることで視野を広げようというものがあります。そこから、もうちょっと踏み込むと、VCと共同でCVCを立ち上げるというのもあります。さらに進めば、かなりの金額を投入して新規事業開発の一環として単独で投資したり、もしくはCVCを独自に立ち上げたりするケースもあります。M&A(合併・買収)はそのさらに先にあります。
大企業にとって大切なのは、このグラデーションの中で、自分たちがどのレベルでやろうとしているのかをはっきりさせることです。当然、立ち位置によってKPI(重要業績評価指標)も変わってきます。
例えば、サーチレベルで情報を広く集めるということであれば、KPIは情報の網羅性だったり精度だったりするでしょう。VCファンドに出資をした場合でも、研究開発的な意味合いが強いのならばリターンはあまり意識しなくてもいいかもしれません。一方、新規事業だったり、既存事業に取り込んだりすることが前提なのであれば、投下した資金をしっかりと回収し、利益を生むことが中長期的に必要になります。
このあたりの整合性をしっかりと意識することが、大企業がオープンイノベーションを成功させるうえでの大前提だと思います。
投資3年目の厳しい時期をいかに乗り越えるか
目的に応じたKPIを定めて、立ち位置がぶれないように取り組むことが大切だということですね。
仮屋薗:私は、オープンイノベーションに取り組もうという機運が日本の大企業で高まっているのは、大変すばらしいことだと思っています。これを継続させ、進化させるためには、オープンイノベーションの目的と時間軸をしっかりと定義して、モニタリングしていくことが欠かせません。
残念ながら、失敗とは言いませんが、始めてみたものの、オープンイノベーションの取り組みが停滞してしまったケースもあります。「オープンイノベーション」という大目的を掲げてお金と人を投入したにもかかわらず、単年度決算で収益を管理されて、継続が難しくなってしまったというものです。
投資をしてから早くて3年でレビューが入る企業が多いのですが、3年目というのは、ベンチャーを育成するうえで一番苦しいときに当たる場合が少なくありません。キャッシュフローや収益で見て、一番の底というケースがよくあるんです。
しかし、単年度評価で見ると「この赤字は何だ」という話になったり、日本の会計では減損対象にしなければならなかったりと、厳しい状況に直面します。今後の成長性を評価して時価会計でバリューアップ分をしっかり反映できればよいのですが、それができないとなると、天と地の差があります。
将来の成長性を含めて多面的に判断しなければならないのですが、必ずしも大企業の大きな組織の中では、そういう理屈も通用しない場合もあります。
要するに、スタートアップに投資をする際は、その成果を評価するやり方も含め、社内で説明できるようにしっかりと情報武装をすることが必要ということですね。
仮屋薗:はい。CVCにアサインされた担当者の方々、そして、担当する執行役員の方々がベンチャー投資の肝を押さえて、役員会などで経営陣をしっかり説得できるようにする必要があります。VC業界としても、しっかりとサポートしていくことが重要だと思っています。
そうしないと、誤った判断で将来の新規事業の芽を摘んでしまうことにもなりかねません。ここ数年でCVCの設立が相次いでいるということは、今はそういうことが起きかねない時期だと思っています。
先ほどお話しした通り、日本は大企業がベンチャー投資をけん引しているのが大きな特徴です。大企業が今後、デジタル時代に合わせてトランスフォーメーションをして、新たな産業を作り出していくことも可能だと思います。最近ではトップ直轄の活動も増えてきており、CVCにエース級の人材がアサインされることも多く、かつてのネットブームとは状況が大きく異なります。
大切なのは、CVCのマネジメント力です。そのノウハウを、協会としても様々な活動を通じて提供していきたいと思います。
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