UDには「派手さ」がないという難点

しかしUDって、やや廃れた感じのある言葉です。

清水:それは否めませんね。確かに一時に比べたら聞かなくなった言葉です。UDは当たり前という流れがあるので、他のものとの差異化を訴求してヒット商品を生み出そうとする企業活動では、大声で叫ばなくなりました。派手さもない。それが「廃れた感」のある理由の1つでしょう。

 例えばUDの典型例として浴室があります。今の新しい住宅には、脱衣場から浴室に入るところに段差が事実上ありません。1990年代半ばまでは、「跨ぎ越え」が当たり前でしたけれど。

 なぜ、そうなったのか。きっかけは阪神淡路大震災の後に作られた復興住宅と言われています。さらに住宅金融公庫が融資の際の条件(高齢者対応要件)で、段差なしを求めた。10年以上が経った今、段差なしは当たり前になっていますけれど、住宅メーカーや住設機器メーカーにとっては商品の訴求ポイントにはならないんですね。

 しかし、この「当たり前」が限定的だと思うのです。高齢者対応のUDというのはそれなりにありますが、身障者や外国人向けのUD商品やサービスというのはなかなかありません。それは企業に打算があるんですよ。高齢者市場はボリュームがあるけれど、身障者や外国人は規模が小さいと考える。そこで、こうした人々にとって、優しい商品やサービスを提供しようと言うインセンティブが湧かない。

欧米に比べて出遅れているという話も聞きます。

清水:総じて言うと、欧米では法規制で縛っています。例えば米国のリハビリテーション法508条では、政府の情報通信機器調達について、「アクセシビリティ配慮製品」であることを義務付けています。違反すると、住民は政府を訴えることができる。これはNECが属する情報通信機器業界には非常にインパクトが大きかった。

 対する日本はどうか。例えば2013年に「障害者差別解消法」が成立しましたけれど、あくまで「解消」なんですね。腰が引けているんです。

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