有名芸能人や野球選手も学んだ「条件反射制御法」

逆に、自分がストーカーになりそうだと感じた時は、どうしたらよいでしょう。もちろん前提として「ストーカー行為をしてしまいそうだ」という自分の欲求に自覚的であることが必要ですが。

小早川:「条件反射制御法」という治療法があります。これはもともと薬物依存症と言われる「物質使用障害」の治療のために開発されたものですが、ストーカーの治療にも適用できるのです。私はこの治療法に出会ってから15名を超えるストーカーにこの治療法を受けてもらいました。その効果は素晴らしいものでした。「認知行動療法」(注*6)は良く知られていますが、「条件反射制御法」は認知行動療法が効かないくらいに欲求が強く衝動性も高いストーカーにも有効です。

(注*6)物事のとらえ方によって気分や行動は変わるという理解に基づき、面談を通じて加害者の根底にある偏った考え方や認知の修正を図っていく療法。

「条件反射制御法」というのは、覚せい剤を使用して逮捕された、あの有名な歌手や元野球選手も治療のために受けたというプログラムですね。ストーカーも薬物もアルコールも、やめられない状態になってしまうと、湧き上がる欲求を断ち切るのが難しくなるわけですが、具体的にはどのような作業になるのでしょう。

小早川:「パブロフの犬」で有名なソ連時代の生理学者・パブロフは、人間の脳には二つの中枢があると言いました。一つは、「防御」「摂食」「生殖」という本能をつかさどる「第一信号系」と呼ばれる中枢で、いわば「動物的な脳」です。もう一つは「第二信号系」と呼ばれる中枢で「思考」の場となります。第二信号系は動物にはない人間的な脳です。人間はしばしば人間的な脳が動物的な脳に負けてしまう。その時、次のような社会的逸脱行動を引き起こします。

 過度な「防御」反応は、放火、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、パニック、反応性抑うつ、自傷行為などとして現れ、過度な「摂食」反応は、病的賭博、病的窃盗、過食などとして現れ、過度な「生殖」反応は、露出、痴漢、強姦、男女間のストーカーなどとして現れるとのことです。治療は動物的な脳である第一信号系に働きかけて欲求を低減し、第二信号系の脳を優位にします。問題行動に「ストップ」がかけられるのです。

薬物依存症の治療に大きな効果を発揮する「条件反射制御法」は、ストーカーの治療にも非常に有効だ。「止められない人」は入院治療を。(写真:alexraths/123RF)写真はイメージです
薬物依存症の治療に大きな効果を発揮する「条件反射制御法」は、ストーカーの治療にも非常に有効だ。「止められない人」は入院治療を。(写真:alexraths/123RF)写真はイメージです

欲求を中断する「制御刺激」

具体的に、どのようにすればよいのでしょう?

小早川:治療においては、まずは欲求にストップをかける「刺激」を意図的に作ります。これは「私は○○はやれない」という言葉と同時に、簡単で本人には特別で他人には目立たない動作(例えば、胸に手を当てた後に親指を外にして拳をつくり、次に中にして拳をつくるなど)を、平穏な時間を見つけて一日20回程度(毎回20分以上の間隔をあけて)行い、2週間ほどかけて200回以上反復することで成立します。これが抑えきれない行動を止める合図となります。

 ストーカーであれば、「私は今〇〇さんに会えない、大丈夫」といった言葉になります。最初は、「〇〇さん」と言うだけで、ストーカーは非常に反応し、苦しいと感じます。しかし毎日繰り返すことにより徐々に落ち着いた気分になっていきます。徐々に楽になり、2週間で安堵を感じることができます。

 この方法はメンタルを強くするとか、人前で上がらないようにするなどの目的でも使えます。「私は今、批判されても無視されても、大丈夫」とか「私は今、攻撃しない、されない、大丈夫」などといった応用ができます。

 これは「条件反射制御法」の第一ステージですが、重篤なストーカーや薬物使用障害の人にはさらに第二ステージ、第三ステージ、第四ステージ(維持作業)と、上位のステージがあります。これらのステージは入院して取り組むことになります。理論を学ぶには、この治療法の開発者である平井愼二先生(下総精神医療センター・精神科医)が執筆された書籍も出版されていますので、ご一読をおすすめします。

まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。

この記事はシリーズ「キーパーソンに聞く」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。