「自分と仲たがいするより、世界と仲たがいすることを選ぶ」

なかなかそう割り切れない人もいるのでは?

泉谷:日本人の陥りやすい最大の問題点は、自分と人との「関係性」を最重要視してしまって、「関係性」を守るがために個人の方が歪んでしまうというところにあるように思います。その結果、個人が精神的に追い詰められていく。私はよくクライアントさんに、「それは本末転倒でしょ?」と言っています。

 つまり、自分はこう思う人間で、相手には相手の意見がある。その相対的関係で2人の関係が決まるわけです。しかし、どちらも人間なんだから、時間の経過とともに考えが変わったりすることもあるでしょう。すると、自ずと両者の関係は変わるはずです。あらかじめその前提をわきまえたうえで、「他者」同士として「対話」を行う。本来の関係性とはそういうものです。なのに、日本人の多くは関係性を何が何でも温存しようとするがために、自分の意見を飲み込んだり、自分の考えを捻じ曲げたりすることをしてしまう。そして、さきほどの「頭」と「心」の話で言えば、「頭」が「心」にガッチリとふたをしている状態が起こってしまう。そこから、「心」や「身体」の問題が起こってくるのです。

 合わなくなってしまったのであれば、それはそれで仕方ないわけだし、残念ながら対立してしまうこともあるかもしれない。それが「個」として立つ人間同士の関係の、避けがたい宿命です。どうしてこの当たり前のことが引き受けられないのか、と私は思います。もちろん、自分の考えには最低限の責任が伴いますから、「自分はこうです」という主張をキチンと考えておかなければなりません。そこをごまかすために、人間関係におもねるように生きてはいけないと思うのです。確かソクラテスの言葉だったと思いますが、「自分自身と仲たがいするよりは、世界全体と仲たがいすることを選ぶ」というのがあります。このような覚悟が、自分が拠って立つ基本でなければならないでしょう。「自分を大切にする」とはそういうことです。

 また、自分自身の「心=身体」とキチンと「対話」することも重要だと思います。例えば、毎朝、目覚まし時計に起こされること自体、「心=身体」にはとても酷なことをしているわけです。起きたくないのに、無粋なベルで起こされるんですから。大げさに聞こえるかも知れませんが、毎日でも自分の「心=身体」に「ごめんね」と謝る。そういう内的な姿勢が必要なんです。

精神衛生上の効果はあるのでしょうか。

泉谷:はい、全然違うと思いますよ。ぞんざいに「心=身体」を無視し続けると、いずれ“自爆テロ”を起こされるのがオチです。我々の「心=身体」は決してでたらめではありません。現代人は「心」をあまりに軽視し過ぎです。本来は「心」が社長で、「頭」はその秘書に過ぎないはずが、どうにも関係が逆転してしまっていて、秘書である「頭」が独裁者になり社長に「黙れ」とやっている。それが現代人の不幸の原因なのです。