やがて来る「150歳寿命社会」で成功する秘訣
スペインIEビジネススクールのサンチアゴ・イニゲス学長に聞く
医療の発達などで人の寿命が延び続けている。今も世界全体では、毎年3カ月ずつ人の寿命が延びているという。定年退職後、あるいはそれより早いシニア以降に老後の仕事について考えることが、だんだん珍しくなくなってきている。
ビジネススクールで退職後のキャリアや働き方について講座を開き、高齢化の未来に関心を持つスペインIEビジネススクールのサンチアゴ・イニゲス学長に話を聞いた。
(聞き手は広野彩子)
スペインIEビジネススクールでは、MBA(経営学修士)課程でシニア向けの講座を開いているそうですね。
サンチアゴ・イニゲス・スペインIEビジネススクール学長(以下イニゲス):実は私はSNS(交流サイト)の1つ、リンクトインでコラムを書いていて、世界500人のインフルエンサーの1人に選ばれています。「マネージング・ユア・キャリア」というテーマでもコラムを書いていますが、反響をいただいています。仰る通り、我々の未来は、これまでとは違った方向へと向かっています。自分のキャリアを自ら方向づけていくのは大変重要なことです。
人間は150年生きる!?
医療技術の進歩もあり平均寿命がどんどん延びていて、50年後には平均寿命が100年になるとさえ言われています。毎年、世界的に3カ月平均寿命が延びていますし、あと10~15年もすればがんの治療薬が完成すると言われています。ひょっとしたら人間は、120~150歳まで生きるかもしれません。その人生をどう生き抜くのかは課題の1つです。
サンチアゴ・イニゲス(Santiago Iniguez)
スペインIEビジネススクール学長。英オックスフォード大学などで学んだ後、IEビジネススクールでMBA(経営学修士)と法学博士号を取得。中国やペルー、フランス、ロシア、ブラジルのビジネススクールなどで理事を務める。英フィナンシャル・タイムズ紙に「欧州のビジネススクールを国際的に知らしめるうえでもっとも重要な人物」と評された。専門は戦略マネジメント。(写真=陶山勉、以下同)
そうなれば、定年も見直さなければいけません。定年後の生活を支える年金制度は、19世紀終わりに欧州で始まり、世界中で模倣されてきた制度です。当時は戦争が多かったので、年金生活者といえば退役軍人が中心でしたし、そもそも年金制度はそのために作られました。平均寿命も50歳前後と短かった。しかし、今は、(先進国は)世界的に70~80歳まで生きるようになっている。我々は、人生後半の生き方を再構築しなければいけない試練にさらされています。
150年生きるようでは、いくら備えても追いつきません。
イニゲス:100年生きるのが普通なら、2つ目のキャリアがどうしても必要ですね。定年は、欧州各国で近年65~67歳に引き延ばされてきましたが、それでもあと40年近くは生活していかなければいけない。
21世紀になってから社会人になったミレニアル世代がシニア世代になる頃は、そうしたニーズに応える新しい製品・サービス・教育が既に定着しているのではないでしょうか。シニア起業家を育てる必要もあります。55歳以上の人々にどう新しい情報や知識を身に付けてもらい、65歳以上になっても働けるぐらいまでにパワーアップしてもらうか。また、健康でいてもらう必要もあります。
我々のようなビジネススクールでは既に、知識やスキルの必要性だけではなくて、健康状態、食生活からスポーツにおけるニーズまで盛り込んだシニア向けプログラムを展開しています。経営幹部は特別そういった健康管理に気を配る必要があるからでもありますが、これを「シニア・フェローズ・プログラム」といいます。
若手にあって、シニア世代にないもの
ビジネススクールが、そこまで。ずいぶんと面倒見がいいのですね。
イニゲス:管理職やCEO(最高経営責任者)といった、トップマネジメント職に就いていたリタイア目前の55歳以上の人々に、引退前の準備をしてもらうプログラムです。日本は年功序列で出世していきますが、欧州の場合、CEOが辞任すると、次世代に譲るため周囲のスタッフも一緒に全員辞任しなければならないケースが多いのです。
ただ、シニアを教育するだけが目的ではありません。我々もシニアからスキル、知識、経験、幅広い人脈、知恵を授けてもらえます。シニアにはそれまでに培ってきた高い評判もあります。ミレニアル世代がまだ持っていないものです。
ビジネススクールの課題は、こうしたシニア向けプログラムをどう開発していくかということと、そこに若い世代も巻き込めるような多様性をどう実現し、どうシニアと若手のシナジーを生んでいくかということです。
シニアから若手への指導はメンター制度などがありますが、我々は、「リバース・コーチング」というやり方も採用しています。シニアは若手に助言をし、ミレニアルらジュニア世代は、IT(情報技術)など技術的な知識や、シニアが若手から知りたいことを伝える、という内容です。一方的なコーチングではなく、互いに学び合うのです。
シニアはどのようなことを教え、学ぶのですか。
イニゲス:例えば経営を担ったことのあるシニアは経験が豊富なので、困った時に状況を素早く判断し、決断を下すことができますね。得てして若手よりも人に対する洞察力があるので、人間関係に関する知恵を授けることもできます。
ただ若手とうまくやっていくには、シニア層の意識改革も同時に必要になります。中には、「自分は何でも知っている」と思い込んでいるような人もいますので、謙虚さを身に付ける必要があります。謙虚になる訓練をするのです。
それに、シニア世代になってからも起業家精神を持ち続けるためには、常に新しい知識に対してオープンにならなければいけない。「まだまだ学ぶべきことがたくさんある」と自覚しなければいけないのです。
新しい学習は、脳細胞を活性化させる
また、新しい知識を吸収することは、若さを保つためにも効果的です。ある調査では、シニア世代、40~50歳以上で教育プログラムに出席した人は、脳の神経細胞の働きが再び発達したということです。何も刺激を与えなければ、脳の神経細胞のつながりが徐々に消失し、外からの刺激に対する柔軟性(可塑性)が低下していきます。
これが再活性化できれば、脳の若さを維持することができる。つまりアンチエイジングに対しても教育が有効だと科学的に証明されてきているのです。将来的には特定の薬を服用して脳の活性化を促すことが、シニア向けの教育プログラムの中で認められるかもしれません。
年を取ると新しいことが受け入れられなくなる、と言う人も多いですが、どう思われますか。
イニゲス:まだまだいろいろなことをし続けることができますよ。体力の問題ではないですね。技術を使えば多くの活動に参加できますし、既に、体に障害のある人でもSNSを通じてコミュニケーションをしたり、仕事をしたりしています。
脳を使い続けて、思考の素早さを失わず若さを維持できれば、年を取っても多くの仕事をやり遂げることができるでしょう。メンタルトレーニングを含めた日々の鍛練を怠れば、確かにどんどんできることは減っていきますし、脳の活動や精神面での許容度は衰えていきます。しかし、鍛練を重ねることによってこれは食い止められます。
記憶する訓練をし続けるのは重要です。詩の暗記がお勧めですね。俳優や舞台の役者が、仕事を続けているうちにアルツハイマーが治っていったという話もあります。記憶力を鍛えることで、記憶障害などの予防につながるでしょう。詩や文学作品の全文、名前や数字、数独のようなパズルも有効でしょうね。
IEビジネススクールのある60代の教授は、過去40年に教えた学生から現在の学生まで、全部覚え続けているそうです。どうやっているのか知りたいものですが、それも恐らくはトレーニングのたまものですね。
何でも機械に頼りすぎる若者の将来は…
若者にとっては、さらに先が長い話ですね。
イニゲス:現代の若者の課題は、あらゆるメンタルな課題を含む問題解決に、安易に機械を使いすぎることです。グーグルで検索して解決し、コンピュータで計算問題を解いてしまう。すると、脳の活動が平板になってしまいます。
自分で手を動かしてメモを取ったり、自分で解決策を考え抜いたり、ということが大事ということですね。
イニゲス:そうです。もちろん時間を稼ぐためにエンジニアが複雑な計算機を使って仕事をしたりするのはいいのです。しかし何かを学ぼうとする時は、問題の背後、計算結果の背後にあることを自分で考え抜くこと、問題の意味を考え抜くことがとても重要です。
自ら何かを作りあげる人になりたいなら、機械に頼りすぎず、1つのことに集中する力、1つの課題を掘り下げる力を養う必要があります。ネットで検索ばかりしていると、次から次へと新しい知識をつまみ食いすることが癖になってしまいますし、脳が鍛えられませんからね。
先ほど言った私の書いているリンクトインのコラムは長いコラムですが、「読みにくいので箇条書きにしてほしい」という若者が結構いるのです。つまみ食いをし過ぎると、長い文章が辛くて読めなくなるのですね。しかし長い文章を読むことは、書き手の思考をたどることにもなり、脳を鍛えるうえでも大切です。
同様に、過去の人たちと同じ過ちを繰り返さないために、歴史を学ぶことが大切です。例えば米国のFRB(連邦準備理事会)のベン・バーナンキ前議長は大恐慌の研究の専門家でしたが、過去の金融の失敗の歴史に精通しており、リーマンショック後の世界経済を立て直すうえでは適任だったと思います。
IEビジネススクールのMBAではさらに、美術鑑賞や異文化を学ぶコースを設けて、人について洞察を深める教養の涵養に力を入れています。日本で大学の人文学系の学部を廃止する、という議論があると聞いていますが、心配なことですね。
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