カジノの議論を通じ、世論の変化を感じておられますか?

田中:依存症対策が重要であるという意識が広がってきているとは感じています。ただ、相変わらず「自己責任論」が強いんですね。アルコールもそうですが、依存症にならない人が多いために、依存症を「意思が弱いから」、「自分を律することができないから」といったふうな自己責任論で終わらせてしまいがちなんですね。

 ギャンブル依存症は、長い間「存在しないもの」とされてきただけに、そうした誤解が強いかもしれません。現在のような風潮のままだと、当事者はどうしても依存症かもしれないということを隠して、または自分で認めようとせずに、やり続けてしまうのです。

 依存症を自己責任論で終わらせて放置したままだと、社会的なコストは増える一方です。離婚率が上がって母子家庭が増えれば、母子手当などがかさみますし、依存症によって仕事につけなくなれば、生活保護などの社会保障費の負担は膨らみます。医療費も増えるし、犯罪につながれば刑務所や裁判のコストもかかります。国民が依存症を自己責任論と信じ、国が対策を放置していたのでは、本来であれば受益者負担を強いられるはずのギャンブル産業の代わりに社会のコストを負担し続けなければならず、結果的にギャンブル産業の片棒を担いでいるということに気付くべきです。

そもそも、ギャンブル依存症がどのようなものなのか、イメージが湧きにくいのが自己責任論の原因の一つかもしれません。

田中:世の中の多くの人は、ギャンブル依存症と言うと一発逆転を狙った、堕落した人間をイメージするかもしれませんが、実は反対なんですね。実際には30~40代の真面目な中堅のサラリーマンが結構多いんですね。仕事などでストレスを抱えていても、悩みを話せる環境がなく抱え込んでしまって、それがギャンブルに向かうと。

 昨年スポーツ選手のギャンブル依存症問題が度々話題になりましたが、社会的に成功している人でもギャンブル依存症には陥ります。むしろ社会で成功しているので、自分で自分をコントロールできなくなっていることを認めることができないので、重症化するケースをたくさんみて参りました。

 ですから誰もが予備軍なんですね。かくいう私も、自分と夫がギャンブル依存症と判断された時に、「え、大学出てもなるんですか」と言ったほどですから。今思えば傲慢な話ですが、それまで比較的お給料も高く、仕事で成功していたので、自分は人生の勝ち組と思っていて、信じられない気持ちでした。

最近はソーシャルゲームのアイテム課金など、子供の時からギャンブル的なものに接する機会はむしろ増えているようにも思えます。

田中:確かに最近は、小学生でも数万円の課金をして問題になったりすることもあります。若年層でネット・ゲーム依存からオンラインギャンブルなどのギャンブル依存に発展するケースも出てきています。ですから依存症について正しい知識を持ってもらうための学校教育も欠かせないと思います。

(ここで再び失踪者について連絡が入る。身柄を確保した場所に田中代表も向かうことに)