和田:そうです。ISの物理的な実態は確かにイラクとシリアにあるんですけれども、ISにとって一番重要な場所は、安全に自分たちの存在をアピールし、影響力を広げられるサイバー空間なんです。グローバル化の拡大と深化により、国境の壁が非常に低くなった現在の国際社会では、ネットやメディアを介してISの“ブランド力”が非常に高まり、広がっているわけですね。その力が、世界中から、いろいろな異なったモチベーションを持った者たちをISに吸収していく。

 一方で、今日においては「ISへ渡航させるな」という国際社会の意識が高まり、欧米諸国からシリアやイラクに行くのは難しくなってきました。しかしISは、自国で独自でテロを起こすよう推奨しています。社会経済的な不満を持った者が突発的に、「じゃあ自分たちのいる国、例えば日本で何かやろう」と考えても不思議ではない。それほど、ブランド、イデオロギーとしてのISは、身近に存在しているんです。

“イスラム”にとらわれると真相が見えない

平和ボケと言われそうですが、そうはいっても、例えば、自分たちのいる社会の中で抑圧されている気持ちとかがなければ、なかなか、テロ行為までは踏み切れないのではないでしょうか?

和田:日本国内での実際の確率を考えると、それは妥当な考えとも言えると思います。しかしそういって安心できなくなったところが、国境と情報の壁が低くなった世界の怖さでもあるんです。ISには、もともとイスラム教徒で、社会経済的な差別を受け、不満に思って参加する人もいれば、ISの戦闘員としての“給料”に魅了されて入った者もいるし、単なる冒険心で入った人もいるわけですね。「ちょっと行ってみようぜ」という感じで。

あ、イスラム教や、人種、国籍とは必ずしも関係がない。

和田:そうです。別に、イスラム教なり中東なりになんらかの関係や拘りを持つ人だけの組織ではないわけです。これもISの怖いところです。戦闘員の国籍に拘っていないし、シリアに渡る前に2~3カ月ぐらいでイスラム教徒にコンバートした人もたくさんいるわけですよ。
 イスラミック・ステイトと言っていますけれども、彼らの行動はまったくイスラムの主義、主張に沿っていないんです。彼らはISの中でも普通に携帯を使い、ポテトを食べ、ピザを食べ、遊園地もあり。彼らはイスラムじゃなきゃいけないと言っているけど、彼らがやっている残虐行為や人権侵害自体が反イスラミックなわけです。

原理主義者の集団かと思ったら、全然そうではない。

和田:イスラム原理主義といっても、それを掲げる組織は沢山あります。例えばパレスチナのハマスは原理主義組織ですが、アルカイダやISに真っ向から反対しています。

なるほど。そういうことならば、イスラム教とまったく関係のない、自分の中にある不満や不安を、ISというバックの影響力を借りて大きく爆発させようという人も出てくるかもしれませんね。

和田:そうです。宗教的な視点、分析はたしかに重要ですが、テロ、という方向から見ると、また別の側面が見えてくるわけです。

国籍や宗教にとらわれない、不満・不安を暴力的な犯罪に結びつける媒介装置がIS、のように思えてきました。

和田:そう断定することはできませんが、それくらいに今の国際社会というものは、国を飛び越えて個人と個人の関係をつなぐことができる世界になっている。一面ではすばらしい可能性を開きましたけれど、同じ仕組みによってISと関係を持つこともできる。だから、国境に囚われず、トランスナショナルに見ていく必要があるんです。

 それに、日本ではイスラム教に対する目立った差別はないけれども、日本にある権益を標的にするとかになれば、また話が違ってくる。例えば日本にあるトルコ大使館、イギリス大使館、アメリカ大使館とか、米軍基地だとか、そういったものが標的として選ばれる可能性はある。

冒険心からでもテロは起こる

そうかそうか。たまたま自分が「憎い」と思っている社会、組織なりというものに、このISのブランドと活動の実績みたいなものが呼応してしまえば、熱狂的なIS教徒じゃなくたって、ふと“冒険心”に火が付いてしまう可能性もある。

和田:そういうことです。

例えばどこかの高校生が、ドローンを飛ばしてアメリカ大使館の国旗を燃やしちゃった、とかでも、言い方次第では「日本のISシンパが行ったテロ」にもなりかねませんね。

和田:そうなりますね、それに関しては。

そうか。実害としては大したことが起きなくても、実はかまわないのか。

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