パリの物々しいテロ警戒態勢。東京でもこんな光景が表れるのか。 写真:AP/アフロ
新年を迎え、昨年11月13日のフランス・パリのテロの衝撃も徐々に薄れつつあるように思える。一方で、いわゆる「IS」、イスラミック・ステイト(以下IS)が11月18日に彼らの機関誌に相当する「Dabiq(ダービック)」上で「すべての日本人も我々の目標である」と警告している。我々は日本国内がテロの現場になる、と覚悟を決めるべきなのか、そこまではちょっと大げさなのか。国際テロ分野の安全保障を研究している、和田大樹さんにお聞きした。
(聞き手は山中浩之)
和田 大樹(わだ・だいじゅ) オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー。1982年生まれ。専門は国際政治学、国際安全保障論、国際テロリズム、政治リスク分析、危機管理。清和大学と岐阜女子大学でそれぞれ講師、研究員を務める一方、東京財団やオオコシセキュリティコンサルタンツで研究、アドバイス業務に従事。2014年5月に主任研究員を務める日本安全保障・危機管理学会から奨励賞を受賞。著書に『テロ・誘拐・脅迫 海外リスクの実態と対策』(2015年7月 同文舘出版)。The Counter Terrorist Magazine”(SSI, 米フロリダ)や “Counter Terrorist Trends and Analysis”(ICPVTR,シンガポール)などの国際学術ジャーナルをはじめ、学会誌や専門誌などに論文を多数発表。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会、日本国際政治学会など。
新年早々、サウジアラビアほかスンニ派諸国がシーア派のイランと断交しました。サウジが国内のシーア派の指導者の死刑を実行し、反発したイラン市民がイランのサウジ大使館を襲ったことがきっかけですが、これがISとの戦いに与える影響はどうでしょう。
和田:まだ事態が収束していない中で、断言することはできません。しかし今回のサウジの死刑執行措置は、決してイランを挑発する目的で行ったものではなく、死刑者の多くはスンニ派の元アルカイダメンバーなどです。また、イランのロウハニ大統領も、サウジの死刑執行措置だけを非難するのではなく、テヘランのサウジ大使館が襲撃されたことに関しても非難する声明を出しています。両者とも外交的な対立が、宗派上の対立としてさらにヒートアップするのは望んではいないはずです。
指導者同士は冷静な様子だと。
和田:これを機にスンニ派とシーア派の対立が深刻化すれば、ISにとっては非常に好都合なことになるでしょう。イラクやシリアでの宗派対立を巧みに利用することでここまで拡大してきたのですからね。
さて、今、そのISのテロに対して日本が置かれている状況について、いかがお考えになりますか。
和田:まず危機管理の観点からいえば、日本のテロ警備も常に100%でやらないといけません。一方、「実際にどのくらいの確率でテロが発生するか」を考えると、これは、欧米諸国に比べれば明らかに低いです。日本国内で、フランスとかベルギーで起こっているような事件が起こるか、と言われれば、確率で比べればずっと小さい。日本国内のムスリム人口比率は非常に低く、島国であり、また日本は基本的にはイスラムと欧米の対立という構図の枠外に位置していることなどがその理由です。
ほう。
和田:確率的には低いです。しかし、ならばテロ対策をちょっとくらい緩くしても大丈夫じゃないかというと、またこれは話が違ってきます。
なぜですか。
和田:一つに、昔のテロと今のISやアルカイダのテロは、まったく質が違うからです。
私は最近のテロを、「トランスナショナルテロリズム」と呼んでいます。要するに、脱国家なんです。国家の枠を、壁を越えた、もう1つ上の立場から分析していく必要がある。昨年11月にフランスで起こった事件は、ドイツもアメリカも、そして中東の国々も、そして中国もこの問題に関しては人ごとじゃないのです。
そういう意味では決して日本も対岸の火事ではありません。例えば安倍(晋三)首相が昨年1月にイスラエルやエジプトを歴訪しましたが、これによりISは“日本はアメリカなど十字軍連合の味方で、ISとは相容れない”という彼らの活動にとっての合理的な動機を新しく得ることになり、湯川さん後藤さんの殺害後、ISは彼らの英字機関誌「ダービック」上で、日本人は世界中どこにいても標的になると宣言した。このようなISの日本に対する見方、また、近年の外国から来るのではなく、国内にいる人間が同種のイデオロギーにより過激化してテロを起こすという経緯を考えると、日本も欧米と同じように警戒していかなきゃいけないという高い蓋然性があるわけですね。これが1つの理由です。
どこの国のテロでも他人事ではない
脱国家ということは、どこの国でテロが起こっても、他人事と考えるべきではないということでしょうか?
和田:ええ。そして2つ目の理由としては、1つ目の逆の形になりますが、もし、ISによるテロが日本で起こったとしたら、これは日本国内だけでは収まりきらない問題になるのです。
これは比べるべきものではないかもしれないんですけれども、例えば環境問題では、日本だけがCO2を抑制しても、世界の問題としては解決しません。
日本が減らしたとしても、よその国がばんばん出せば、全体として問題は改善しない…
和田:それと同じことですね。環境問題も「トランスナショナル」、脱国家の問題です。同様に、全てではありませんが、21世紀のテロも脱国家の問題になっています。日本国内で例えばISの事件が起きたとなれば、中東とかアフリカ、アジア、そして欧米各地にいる、ISにシンパシーを覚える人、彼らの考え方に染まる人が増え、テロ事件が拡散していくことも否定できない。
厳しい現実ですが、「サラフィー・ジハーディズム(※)」に染まる可能性を持つ人は世界各国に存在します。もちろんそれに染まる以前のバックグラウンドや、どの程度深く染まっているかなどは個人により異なりますが、同じような目標を持った個人やグループが日本でテロを成功させた。じゃあ、俺たちもやろうという感じでリスクが増すわけです。
(※注:サラフィー・ジハーディズム イスラム初期時代への回帰をジハード=聖戦によって訴える思想)
なるほど、そう考えるんですね。
和田:そうなんです。だからこの問題は、フランスが、米国が、日本が、アフリカが、中東がではなく、トランスナショナルな観点から分析していかなければ、うまく理解することはできないんです。
アメリカなどの有志連合がISへ空爆を開始して以降、ISの敵意も非常に欧米に対して強くなり、それ以降、アメリカやフランスもそうですけど、他にもオーストラリアやカナダとか、こういったイスラム教徒の存在感が小さいと見られてきた国々でもISの影響を受けたホームグロウンテロ(※)が多く発生しているんです。例えば代表的なものとして、2014年10月のカナダでの議会銃乱射事件、2014年12月のシドニーでの、カフェで人質をとって立てこもった事件などが挙げられます。もちろんほとんどが未遂で終わったんですけれども。
(※注:ホームグロウンテロ 国内で生まれ育った物が、国外の過激派組織に共鳴し、自国内で起こすテロ行為)
特にオーストラリアは、IS以前のアルカイダの時は、テロ事件はほぼなかったのですが、2014年6月のIS誕生(=カリフ制によるイスラム国家の樹立宣言)以降、シドニーやメルボルンなどでテロ未遂事件が多く発生しています。オーストラリアはアメリカの同盟国であり、空爆にも参加している。そして住んでいる人は基本的に白人、欧米人ですよね。だからそういった意味でオーストラリアは標的にされる理由が揃っている。
日本でホームグロウンテロは起きるのか
でも、オーストラリアにISの影響を受けてテロを起こすような人がそんなにいるんでしょうか。
和田:今シリア・イラクのISに入っている中にも、オーストラリア人が100人ぐらいいるとされています。
それは国籍オーストラリア人で、もともとはレバノンとかからの移民、中東系の方なのでは。
和田:確かにそういう人々が多いのは事実ですが、昨今のこの問題で難しいのは“普通の白人”でも渡航直前にイスラム教へコンバートし、ISに流れている者が多くいることです。最新の情勢報告によれば、多国籍集団ISには2万7000人から3万1000人あまりの構成員が、世界86カ国から参加しているとされています。
すみません、ここがどうもよく分からないのですが、それでも日本って、何というか、例えば欧米諸国が非常に恐れているのは、国内にいるISのシンパが起こすテロ、ホームグロウンテロですよね。
和田:そうですね。
でも、その背景にはイスラム教徒の移民が、すでに数多く国内にいることが大きい、と思っていました。しかしお話をお聞きしていると、日本においてもホームグロウンテロが起こる可能性がある、ということになるんでしょうか。
和田:そうです。ISの物理的な実態は確かにイラクとシリアにあるんですけれども、ISにとって一番重要な場所は、安全に自分たちの存在をアピールし、影響力を広げられるサイバー空間なんです。グローバル化の拡大と深化により、国境の壁が非常に低くなった現在の国際社会では、ネットやメディアを介してISの“ブランド力”が非常に高まり、広がっているわけですね。その力が、世界中から、いろいろな異なったモチベーションを持った者たちをISに吸収していく。
一方で、今日においては「ISへ渡航させるな」という国際社会の意識が高まり、欧米諸国からシリアやイラクに行くのは難しくなってきました。しかしISは、自国で独自でテロを起こすよう推奨しています。社会経済的な不満を持った者が突発的に、「じゃあ自分たちのいる国、例えば日本で何かやろう」と考えても不思議ではない。それほど、ブランド、イデオロギーとしてのISは、身近に存在しているんです。
“イスラム”にとらわれると真相が見えない
平和ボケと言われそうですが、そうはいっても、例えば、自分たちのいる社会の中で抑圧されている気持ちとかがなければ、なかなか、テロ行為までは踏み切れないのではないでしょうか?
和田:日本国内での実際の確率を考えると、それは妥当な考えとも言えると思います。しかしそういって安心できなくなったところが、国境と情報の壁が低くなった世界の怖さでもあるんです。ISには、もともとイスラム教徒で、社会経済的な差別を受け、不満に思って参加する人もいれば、ISの戦闘員としての“給料”に魅了されて入った者もいるし、単なる冒険心で入った人もいるわけですね。「ちょっと行ってみようぜ」という感じで。
あ、イスラム教や、人種、国籍とは必ずしも関係がない。
和田:そうです。別に、イスラム教なり中東なりになんらかの関係や拘りを持つ人だけの組織ではないわけです。これもISの怖いところです。戦闘員の国籍に拘っていないし、シリアに渡る前に2~3カ月ぐらいでイスラム教徒にコンバートした人もたくさんいるわけですよ。
イスラミック・ステイトと言っていますけれども、彼らの行動はまったくイスラムの主義、主張に沿っていないんです。彼らはISの中でも普通に携帯を使い、ポテトを食べ、ピザを食べ、遊園地もあり。彼らはイスラムじゃなきゃいけないと言っているけど、彼らがやっている残虐行為や人権侵害自体が反イスラミックなわけです。
原理主義者の集団かと思ったら、全然そうではない。
和田:イスラム原理主義といっても、それを掲げる組織は沢山あります。例えばパレスチナのハマスは原理主義組織ですが、アルカイダやISに真っ向から反対しています。
なるほど。そういうことならば、イスラム教とまったく関係のない、自分の中にある不満や不安を、ISというバックの影響力を借りて大きく爆発させようという人も出てくるかもしれませんね。
和田:そうです。宗教的な視点、分析はたしかに重要ですが、テロ、という方向から見ると、また別の側面が見えてくるわけです。
国籍や宗教にとらわれない、不満・不安を暴力的な犯罪に結びつける媒介装置がIS、のように思えてきました。
和田:そう断定することはできませんが、それくらいに今の国際社会というものは、国を飛び越えて個人と個人の関係をつなぐことができる世界になっている。一面ではすばらしい可能性を開きましたけれど、同じ仕組みによってISと関係を持つこともできる。だから、国境に囚われず、トランスナショナルに見ていく必要があるんです。
それに、日本ではイスラム教に対する目立った差別はないけれども、日本にある権益を標的にするとかになれば、また話が違ってくる。例えば日本にあるトルコ大使館、イギリス大使館、アメリカ大使館とか、米軍基地だとか、そういったものが標的として選ばれる可能性はある。
冒険心からでもテロは起こる
そうかそうか。たまたま自分が「憎い」と思っている社会、組織なりというものに、このISのブランドと活動の実績みたいなものが呼応してしまえば、熱狂的なIS教徒じゃなくたって、ふと“冒険心”に火が付いてしまう可能性もある。
和田:そういうことです。
例えばどこかの高校生が、ドローンを飛ばしてアメリカ大使館の国旗を燃やしちゃった、とかでも、言い方次第では「日本のISシンパが行ったテロ」にもなりかねませんね。
和田:そうなりますね、それに関しては。
そうか。実害としては大したことが起きなくても、実はかまわないのか。
和田:そうなんです。それが「テロ」という行為の怖いところなんです。
イメージとして分かりやすく言えば、「テロは、個人が一般的な犯罪を侵すのと同じくらい簡単」と言っても過言ではない。それが昨今の欧米におけるテロ未遂事件の連鎖でもあります。一般的な犯罪とテロが違う所の1つとして、その後の結果です。起こす難易度は“犯罪と同レベル”のことでも、その後の社会的な影響は違い、国家間の緊張を高め、果ては戦争に繋がる恐れだってある。事実、9.11同時多発テロは、その後の対テロ戦争に繋がりました。
個人の暴走が戦争を招きかねないという意味では、大津事件(※)みたいなものがものすごく起こりやすくなった、みたいなことでしょうかね。
(※注:大津事件 1891年、当時の強国だったロシアの皇太子が来日した際に、警備に当たっていた日本人の巡査が特段の思想的背景のないまま彼に斬りかかり、怪我を負わせた。日本は関係悪化を恐れ天皇がロシア皇太子の見舞いに赴くなど、国を挙げた騒動となった)
和田:要するにその犯罪行為が政治性を帯びるかどうか、ですよね。起こすのは簡単、でもそこから見える政治的なメッセージ、社会的な影響という意味では1つの国家の武力行使と同じくらいの意味を持つ場合だってある。だからテロという行為は非常に怖いわけなんですね。
疑心暗鬼こそテロ組織の思うツボ
しかもネットのおかげで、政治的なメッセージを込めた発信ができるようになってしまった。
和田:そうなんです。基本的に“普通の”犯罪というものは、当たり前なんだけど、犯人は自ら犯行声明を出しませんよね。普通の犯人は、見つかったら怖いから手がかりを残したくないわけですよ。だけれども、テロリストというのは自分たちで犯行声明を出すわけです。そこがテロリストと普通の犯罪者との大きな違いなんです。アルカイダもISもいつも声明を出しますよね。
しかもそのアピールの仕方が今の時代を反映して、ISはめちゃくちゃうまいと。
和田:うまいんです。非常にテクニカルに、ハリウッド映画さながらのような画像を出してくる。言い方はよくないですけど、洗練されている。だから、国籍や人種に関係なく、現状に不満を持つ人を惹きつける。ISは現代の科学技術とグローバル化が生み出した、グローバル化リスクの産物とでも言えるようなもの。だからこそ、大国であっても対応が難しいんだと思うんです。今のISは、見える要素と見えにくい要素を兼ね備えるハイブリッドな安全保障上の脅威と言えます。
人間の、安易なテロ的行為を誘発するものがIS、という言い方もできそうですね。そうなると、実際のテロ対策はもちろんですが、ISの宣伝を丸呑みせずに「これは本当に宗教や差別に本当に関連したテロ行為なのか?」と、疑う姿勢を持つことも必要かもしれません。
和田:IS側にすれば、彼らの宣伝に乗せられて、日本で騒ぎを起こす人が現れれば大歓迎ですね。それが、人種や宗教の問題と勝手に結びついて、「あいつらはISのシンパじゃないか」などと、日本社会が疑心暗鬼に陥ればまさに思うつぼです。
テロの実行阻止のために最高度の警戒を行う一方で、短絡的な感情の激発を避けるためにも、彼らのバックグラウンドを冷静に分析し、ISを多角的な観点から見ることが必要です。
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