また課税ベースの侵食を防ぐBase Erosion(後述)対策では、下院の税制改革案に盛り込まれたExcise Tax(物品税)が取り下げられ、最終的に上院案に近づきましたので当初の懸念もなくなりました。Excise Taxは外国の関連法人への支払い(仕入れも含む)に20%のペナルティーを課すという乱暴なもの。上院案にも下院のExcise Taxに相当する制度がありますが、下院案に比べればはるかに優しい。
米国企業などはグローバルな事業展開に必要な資金をほぼ例外なく全額米国で調達し、支払利息を損金算入することで米国での課税ベースを減らすという節税をよくやっていました。今回、支払利息の損金算入に制限がかかるので、こういった節税を進めていた企業は打撃を受けるでしょう。ただ、日本企業はある意味で愚直と申しますか、こういった過剰なレバレッジを活用した節税をしてこなかったので、相対的に影響がありません。
しいてマイナス材料を上げれば、税務ではなく会計上の問題があります。企業にもよりますが、繰り延べ税金資産を計上しているところは税率が21%に引き下がることで繰り延べ税金資産が目減りします。もっとも、繰り延べ税金負債がある企業にはポジティブな影響があるので企業の置かれた状況次第です。総じて悪い話はないと思います。
資金の振り向け先が「自社株買い」でも悪くはない
下院案のExcise Taxは消えましたが、上院案には「Base Erosion and Anti-Abuse Tax(BEAT)」という規定が盛り込まれました。
秦:簡単に言うと、海外の関連法人に利息やロイヤルティー、サービス費用などを支払って米国の課税ベースを圧縮する節税行為を制限するための措置です。海外の関連法人に対するロイヤルティーやサービス費用などを費用計上しない場合の課税所得を算出、それに10%をかけた金額と費用計上した場合の通常の課税所得を比較して、その差額をBEATとして支払う。
もっとも、ある程度の課税所得を計上している年に、この規定に抵触するほどロイヤルティーなどを支払っている日本企業の米国子会社はあまりありません。いろいろなセクターの日本企業の米国子会社を試算していますが、影響を受ける企業はかなり限定的です。
10年で1.5兆ドルという減税規模はどうでしょう?
秦:日本円で170兆円だと考えれば、かなり大きいのではないでしょうか。もちろん、1.5兆ドルの税収減が経済成長でどれだけまかなえるかという議論はあるでしょう。すべてを減税による経済成長でまかなえるという声もありますが、さすがに無理だろうという意見が大多数です。
また、税引き後利益の増加分や海外子会社から還流する資金がどれだけ設備投資や雇用、R&Dに行くかは分かりません。ひょっとすると、自社株買いに向かうだけかもしれない。ただ、自社株買いは他に投資するよりも自社に投資するという自信の表れですし、還流した資金を投資家が効率のよい別の投資先に投資するのは経済全体にとって悪いことではありません。かなりの経済効果があると私は考えています。
法人税率の引き下げという長年の課題には対応しましたが、「税制の簡素化」という別の問題が残っています。この点についてはどうでしょうか。
秦:簡素化という点では不十分だと思います。各種控除をなくすという触れ込みでしたが、上院のコンセンサスを得る過程でだいぶ控除が残りました。また、税率の低い国に所得が逃げないようにする複雑な規定もいくつか追加で盛り込まれています。財務省が今後、細かな運用規定を決めていく中で、場合によってはコンプライアンス対応が煩雑になるかもしれません。
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