米国は対中ロで宥和に舵を切った

中国とロシアを「修正主義勢力」「競合勢力」と呼び、強硬姿勢を示したことが注目されています。またイランと北朝鮮を「ならず者政権」として非難しました。これには、大きな矛盾を感じました。イランに対処するにはロシアとの協力が欠かせない。北朝鮮への対処には中国の協力が不可欠です。

川上:私は、今回の国家安全保障戦略は中ロへの強硬姿勢を示すものではなく、むしろ宥和姿勢、デタント志向を示すものと評価しています。これまでの国家安全保障戦略では中ロを「potential adversary(潜在的な敵国)」としていました。今回の「revisionist power(修正主義勢力)」はこれに比べて完全にトーンダウンした表現と言えます。

今回の宥和姿勢は、過去の政権を振り返ると、どの政権に近いものでしょうか。

川上:ニクソン政権よりもっと宥和的。強いて挙げれば強いアメリカの復活を目指したレーガン政権でしょう。ソ連に対して軍拡競争を挑み崩壊させました。しかしながら現在の中国は当時のソ連と比べ格段に勢いがあります。その状況を考えれば、結果的にはむしろ中国との戦いに対しては融和を目指したようなクリントン政権に近くなるかもしれません。ただ、あの時は米国の経済が好調で、中国の国力も、米国に弱く余裕がありました。その点は異なります。

 私は、米国が中ロとのデタントに舵を切った背景の一つに、グレアム・アリソン氏が17年5月に米国家安全保障会議(NSC)で対中政策についてブリーフィンしたことがあるのではないかとにらんでいます。同氏は、米国の政策決定過程を学ぶ際の必読書『決定の本質 キューバ・ミサイル危機の分析』の著者です。

 近著『米中戦争前夜』*の中で「トゥキディデスの罠」*の故事を根拠に、米国がG2体制を受け入れられなければ、「米中が数十年内に戦争に陥る可能性が50%以上ある」と指摘しました。ハーバード大学の調査によると、過去500年の間に覇権国(現在なら米国)と新興国(現在なら中国)の対立は16回あり、うち12回は戦争に至ったそうです。ブリーフィングの内容は定かではありませんが、同様の話をしたと推測されます。

 ちなみにアリソン氏は同書の中で「同盟国は米国にとって命取りになりかねない」ということを米国自身に警告しています。同盟国のために米国が紛争に巻き込まれる可能性があるからです。そして、日本を念頭に置いて、アジアの同盟国と結ぶ約束を政策当局者は慎重に見直す必要があるとリコメンドしています。

*:トゥキディデスはギリシャの歴史家で、覇権国スパルタと新興国アテネが争ったペロポネス戦争を描いた。覇権国と新興国の間で起こるパワーシフトが戦争を引き起こす原因となることを読み解いた

棍棒外交と対中ロ宥和。この組み合わせは、米国に今後、どのような政策を取らせるのでしょう。

川上:トランプ氏の場合は「ディール(取り引き)」」だと思います。ディールが成立すれば、関与(engage)政策*を取り、ヘッジはしない。一方、ディールが成立しなければヘッジを優先する。

*:責任あるステークホルダーとして、中国を国際社会に取り込む政策。一方のヘッジは、米国の利益が害される事態に備えて「対抗」に重きを置く政策

 11月の訪中で、このディールが成立したのかもしれません。

 米国は、米中首脳会談を行うのと同時期に空母3隻を朝鮮半島周辺に派遣して自衛隊などとともに演習を実施しました。この空母は北朝鮮に核放棄を迫る棍棒であると同時に、中国に対する棍棒でもありました。北朝鮮は中国にとって同盟国。米国によって攻撃され、占領されるようなことがあれば、中国の面子に関わります。

次ページ 日米離間を回避する核武装