米オバマ政権の反対にもかかわらず、安倍首相がこのタイミングでロシアとの関係を強するプロセスの再開に踏み切った背景には、同様の戦略判断があったとみます。今回、8項目の経済協力プランに基づいて3000億円相当の経済協力案件に日ロが調印したのは、対中国戦略の観点から非常に重要なことだったと考えています。
自民党総裁選とロシアの大統領選
北方領土問題を解決し、平和条約を締結するには信頼関係が必要というのは分かります。そして、それには時間がかかります。日ロの両政権はこの「時間」をどのようなレンジで考えているのでしょう。安倍首相は「私たちの世代、私たちの手で終止符を打たなければならない」と訴えました。
畔蒜:日ロの政権が持つ時間軸は共通している部分とそうでない部分があると思います。共通しているのは、2018~2021年が次の勝負のタイミングになるということです。
安倍首相は自民党総裁任期を3期9年に延長することを模索しています。2017年3月に開かれる自民党大会でこれが実現し、安倍氏が2018年9月に再選されれば、2021年9月まで任期が延長される可能性があります。
一方、プーチン大統領は2018年に大統領選挙を控えています。再選されれば、2024年までの任期となる。つまり、両者が再選されれば2021年まで交渉期間があるわけです。
今回の一連の対ロシア外交を通じて、「安倍首相が譲歩した」「ロシアに食い逃げされるリスクがある」との見方があります。私は「譲歩」とは思っていません。まずは2021年までをにらみ、日ロ間で信頼醸成を進める道を選択したのだと思います。同時に指摘しておきたいのは8項目の経済協力プランに基づくロシアとの経済協力は「協力」であって「支援」ではないことです。日本が一方的に援助するものではなく、日本も利益をもたらすものであると考えるべきです。したがって「食い逃げされる」という考え方はおかしい。
もちろん2021年までに、北方領土問題の解決を含む平和条約締結のために十分な信頼が日ロ関係において醸成できるかどうかは分かりません。日本が一方的に努力しても高まるものではありません。お互いの努力が必要です。トランプ次期米大統領がどのような政策を取るのか、日ロを取り巻く環境がどう変化するかも読めません。
でも、トライする価値はあるでしょう。プーチン大統領はヴァルダイ会議の場で、ロシアと中国が築いたような関係は「残念ながら日本とはそのような質の関係には達していない。しかし、だからと言ってそれができないという意味ではない。さらに言えば、日露双方とも全ての問題を最終解決することに関心があると私は思っている。というのも、そうすることが我々の相互の国益に適うからだ。我々はそれを望むし、そのために努力もする」と語りました。
日ロで共通していない時間軸は何ですか。
畔蒜:旧島民の方が高齢化していることです。日本としては、彼らの墓参りなどをなるべく早く、より容易なものにしたい。交渉を急ぎたいところです。しかし、ロシア側に急がなければならない理由はありません。
まずは2021年をにらんだ信頼醸成と、人的交流の早期の柔軟化。この間にあるギャップを埋めることが日本にとって大きな課題です。元島民のビザなし渡航制度を改善・拡充することで今回合意したのは、この意味において重要です。日本にとっては不可欠の要素でした。
お話しをまとめると、日本の対ロシア外交には、北方領土問題の解決を含む平和条約締結に関する面と、中国と対する上でロシアに戦略的中立を維持させる、という二つの面がある。前者は、国内政治の観点から、より短い時間軸で結論を出すことが求められている。後者は、より中長期的な視野で進められる。 前者について大きな進展はなかったものの、まずは、元島民のより簡素な形での北方領土訪問への道筋がついた。同時に、北方4島において、「特別な制度」の下で行なう共同経済活動に関して具体的な検討開始で合意した。 後者については、3000億円相当の経済協力案件で合意すると共に、安全保障分野で2+2を再開することで合意した。だとすると、「成果はなかった」「安倍首相は譲歩しすぎた」という批判はあたりませんね。
畔蒜:そうです。安倍首相は中長期の視野に立ち、大局的見地から正しい選択をしていると思います。瑕疵があるとすれば、今回の首脳会談に至るある時期、北方領土問題の進展に対する国民の期待を過度に高めてしまったことでしょう。
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