ただし、共同経済活動の前提となる「特別な制度」をちゃんと機能するものに仕立てることができれば、信頼につながる可能性があるでしょう。

「特別な制度」は、北方領土に対する日ロそれぞれの主権の主張を棚上げしてビジネスができるようにする環境ですね。共同経済活動に参加する日本人がロシアの法に基づいて裁判にかけられるような事態が起きれば、日本がロシアの主権を認めたことになってしまう。こうした事態を起こさないための「特別な制度」ですね。

畔蒜:そうですね。もちろん、日本の主権について譲歩しないことを示ことが非常に重要です。ただし「特別な制度」は両刃の剣です。制度の細部にこだわり、機能しないものにしてしまうと、不信感をいっそう強めることになりかねません。そう考えると、やはりロシア法がベースとなるのではないでしょうか。一から法律を制定するのは現実的ではありません。それでもそこに、日本が北方領土における日本の主権を諦めていないことを示す何らかの「フック」が仕掛けられるか否かが焦点でしょう。

 これが実現すれば、ロシアが日本の主張に一定の理解を示し、他の国とは異なる対応をしたことになる。これが実現すれば、ロシアに対して日本人が抱く不信を解くことにつながるかもしれない。プーチン大統領が今回の会談に遅刻したことを非難する声が日本の国民にもメディアにもありました。これは日本が抱く対ロ不信の強さを如実に表わすものですね。先ほどお話ししたように、シリア情勢に対応するため致し方ないことだったのです。

信頼を醸成する手段は経済協力しかないのでしょうか。

畔蒜:それは重要なポイントです。安全保障面での信頼醸成もあり得るでしょう。そのために今回の首脳会談で、両国の外相と防衛相による日ロ外務・防衛閣僚協議(2+2)を再開することで合意しました。2013年11月に一度開かれて以来、実現していない状態です。2+2が再開されれば、海難救助訓練やテロ・海賊対策での協力を再開させる可能性が出てきます。

日本とイスラエルが臨む共通の地政学的環境

ロシアと中国は対米関係など協力できる部分がたくさんあります。一方、米国と同盟関係にある日本は、ロシアと協力する機会が中国ほどないのではないでしょうか。

畔蒜:日ロ間の共通項はやはり中国でしょう。これは冒頭で申し上げた日ロ関係における2つ目の面と関連します。確かに米ロ関係が悪化している状況において日ロが安全保障分野で関係を強化させることには一定の限界があるでしょう。

 私は2013年10月、ロシアのパトルシェフ国家安全保障会議書記が初来日したその日、モスクワで開かれていたヴァルダイ会議に出席中で、その場セルゲイ・イヴァノフ ロシア大統領府長官に「パトルシェフ書記を日本に派遣した狙いは何か?」と質問したことがあります。

 「対中国戦略だ」という回答を期待しつつ、そのような言葉が返ってこないことも分かっていました。そんな筆者の質問に対してイヴァノフ長官はおもむろに「やっと日本の銀行が極東シベリアへの投資に関心を示し始めた」と話し始めました。筆者はその示唆するところを「極東シベリア開発に日本の資金や技術を呼び込むことがロシアの国家安全保障戦略と密接にリンクしている」のだと理解しました。

 私は東アジアにおけるロシアと日本、中国の関係は、中東におけるロシアとイスラエル、イランの関係に似ていると考えています。イスラエルの立ち位置にあるのが日本、イランの立場にあるのが中国です。

 ロシアとイランはシリアの内戦などにおいて協力しあう関係にあります。ロシアは2007年、地対空ミサイル「S300」をイランに供与することで合意しました。これはイスラエルの安全保障に重大な影響を及ぼします。そこでイスラエルは米国と共にロシアを説得し、ロシアにこの合意を破棄させました。ちなみにイスラエルは、ロシアによるクリミア併合に対する国連での対ロシア非難決議に棄権票を投じています。米国との同盟関係よりも自国の国益を優先させた結果です。

 日本も、中国に対して同様の中立を保つようロシアを説得できる関係を築く必要があります。例えば尖閣諸島の主権を巡って、ロシアが中国の主張を支持することがあれば、日本にとっては非常にやっかいなことになります。そのようなことが起きないよう、ロシアとの関係を築いておく必要がある。

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