片渕:それがまさに野村君に作ってもらった部分です。彼はアニメーターではないけれども、普段大学の授業の中で話される知識を使ってあのカリグラフ的な映像を作ってくれました。ソフトは大変進歩していて素人が使うものも、プロが使っているものも大した違いはなくなっています。絵を描くセンスさえちゃんと持っていれば、これまでのアニメーションの現場で分業が進んでいるが故に行き詰まっているところが、突破できるのではないかと考えています。

日常に割り込む“美しき非日常”

松浦からお詫び:すみません、ここから一段落、どうしてもネタバレとなります。「もう映画は観た」「観ていないがどうしても読みたい」という方以外は、下のリンクで次のページへ飛んでください。
ネタバレを回避して5ページ目へ飛ぶ

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

もう一つ、空襲のシーンで画面が一気に絵画になりますよね。すずさんが「今、絵の具があったら」と思うところ。ちょっと、伝説のミュージック・ビデオ「Take on me」を思わせますが。

片渕:あのシーンは原作にはなくて、映画で付け加えたんです。B-29が飛んできた時って、話を聞く限り「とてもきれいだった」という回想が多いんですね。「乗っている人が見えた」とか「恐ろしかった」というのは心理的なリアルであるように、「きれいだった」というのはほんとうの意味で真実だろうと考えたんです。

 そりゃそうですよね、日常にそれまで存在しなかった非日常が侵入してきた時、それが恐ろしいかどうかはすぐには分からない。恐ろしいというのは、B-29が飛んできた結果を見ないと分からないわけで、飛んできたのを観た瞬間は恐ろしいよりも「きれい」と思うはずなんです。戦争って、自分達の上に降りかかってきた一番最初の瞬間は、意外に「きれい」とか「美しい」という感情を引き起こすんじゃないか、と。

 つまり、すずさんにとって、見慣れた生活の場であった段々畑や山や空が、空襲が始まると同時に一気に非日常になる。その時、すずさんの場合は絵を描くのが好きで、絵を描く才能を持っているから、「絵を描きたい」と思うだろうな、と、そのことを表現したくて、風景が一瞬にして絵画になるということをやったんです。

この少し前に、絵の具を売っている前をすずさんが通るシーンがあって、「伏線かな?」と思ったのですが。

片渕:そこもそうですが、むしろずっと前の、すずさんの描いた海の波が、はねるうさぎになるところが伏線になっていますね。