©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

冒頭の広島・中島本町のシーンでは、当時の理髪店の建物だけではなく、そこに住んでいた人達も登場させていますね。NHKがこのことを取り上げたので有名になりましたが。

片渕:濵井(はまい)理髪館ですね。広島には原爆戦没者慰霊施設というのがあって、原爆で亡くなった方の遺影を集めているんです。だから、中島本町のどこにどんな方がいて、どんな顔だったかが分かるんですよ。それを利用させてもらいました。実在していた方を登場させたからといって、そんなに労力をかけたわけではないです。でも、ちょっと自分達が行動すればそこに住んでおられた方のお顔が分かるのだから、その皆さんを描いたほうがいいと考えたんです。

大量生産のための分業を乗り越えて

ここからは、アニメーションの作り方や表現についてお聞きしたいと思います。片渕さんの経歴を拝見すると、脚本から撮影、編集、音響に至るまでアニメーション制作プロセスの一通りを職人的に経験した上で、監督という仕事をしておられるようです。このことは、ご自身の作品作りにどのように関係しているでしょうか。

片渕:本来アニメーションというものは、ひとりで全部作ることができるものです。

 芸術系のアニメーションでは、ひとりで作成されたものがいっぱいあります。商業的に長尺のアニメを生産していくために、高度な分業が行われていますが、その場合は全体を見渡すポジションとして監督という職業が存在します。そもそも、映画の監督は、全体の作業に通暁していて、どの段階の作業であってもチェックして質を担保していく立場です。ですから、自分が全体を経験しているということは、特別なこととは思わないです。

 映画監督でも、例えばスティーブン・ソダーバーグは自分でカメラマンをやったりしています。米国の場合は、職能別の組合があってなかなか兼業できないようになっていますが、でも、これはチャップリンみたいに演技もできれば作曲もできるという人が出てくると、おかしなことになりますよね。自分は、兼業できるなら兼業してもいいじゃないかと考えています。

 今、アニメーションの世界もデジタル作業が増えてきていて、従来の分業のテリトリーがデジタル化によって変化しつつあるところです。彩色をやっている人も、撮影をやっている人も、同じパソコンで同じソフトを使っているというようなことが起きているんです。

「この世界の片隅に」を制作する過程で、そのような分業の変化は実感しましたか。

片渕:ちょっと趣旨は違いますが、私は大学でも教えていまして、そこに元の教え子で現在は助教の野村建太君という若者がいます。本来は実写で実験的な映像を作っている人なんですが、今回様々な作業を手伝って貰いました。

そういえば、「この世界の片隅に」には実験的な映像も入っていますよね。カリグラフ(感光させたフイルムの表面に針で絵を描いていく、アニメーションの一手法)的な映像とか。