片渕:すずさんはフィクションの登場人物なんだけれども、現実にあったことを調べて組み合わせていく……というか、現実にあったことをきっちり描いていくと、そこにすずさんという人が確かに生きているという実感が出てくるんです。

すずさんは、そこで生きている

片渕:僕は、映画を観てくれる人にとって、すずさんという人が実際にそこにいたかのように感じられることが大切だと考えてこの映画を作りました。すずさんみたいな普通の人の上に、大量の爆弾が降ってくることがどれだけ恐ろしいか。すずさんという、ぼおっとしていて頼りなくて、そしておよそ戦闘的じゃない人の上に、爆弾が落ちてくる……。

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 すずさんという人の実在感があって、はじめて当時起きていた戦争という事象のある側面――すずさんが体験する範囲内での戦争のありよう――を、映画を観ていただける方々に感じてもらえるのではないかと考えました。

実際に戦争を体験した方々は、どうしてもつらかったとか、痛かったとか、死にそうになったとか、周囲でどんどん死んでいったとか、強烈な記憶から語っていきますから、それら強烈な記憶の周囲にあった日常はなかなか語られることがないですよね。『戦争中の暮しの記録』(暮しの手帖社刊)という記念碑的な本がありますが、どんな服を着たとか、毎日何を食べたとか、どんなサイクルで生活していたかとかを、一次資料を積み上げて映画として再現したのは「この世界の片隅に」が初めてではないかと思います。

片渕:記憶としてそんなに残らない、普通の日々の風景ですね。その日々の所作を描いてこそ、空襲の描写も体験として観てもらえるのではないかと考えたんです。

実際に呉の空襲を体験した方は、この映画にどのような感想を持ったのか、もう聞いていますか。

片渕:まだなんです。ただ、当時、大人として空襲を体験した方はもうほとんどいません。今ご存命で、映画の感想を述べることができる方は当時は子どもで、それだけ見えている世界が小さかったわけですから、どんな感想を持たれるかわからないところではありますね。

 子どもの頃に呉に住んでいた方が「あの当時の呉は本当にこうだったのよ」とつぶやかれたという話はツィッターで見ました。映画冒頭の広島・中島本町もそうなんですが、当たり前に子どもの頃に過ごしていた街の風景は、皆さんの記憶には残っているみたいですね。

 日常の生活の意味をもう一度思いだそうということで僕らはこういう映画の作り方をしたわけで、当時を体験した人に生活を思いだしてもらえたということは、大変うれしいことです。