片渕:そこで、我々は、戦争中ずっと女性はモンペをはいていたような認識でいるけれども、そうじゃなかったのか、と気が付くんです。当時の女性も、暑くて蒸れて不衛生になるから、それだったらスカートのほうがいいよね、と思ってたんだ、と。

 「決戦服を着ろ」と言われて、全員が「はい、分かりましたッ」と決戦服着ている世界って理解できないですよね。でもそうじゃなかった。当時の人達は、異常な世界の特別な人達じゃなくて、自分達と共通の感覚を持っていたんです。

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 広島には原爆投下時に広島の方々が実際に着ていた服が遺品として残っていまして、この本はそれを撮影した写真集なんですが(と、背後の本棚から写真集を取り出す)、ほら(指し示したページには半分焼けたワンピースの写真が掲載されている)。

ああっ、ワンピースですね。それも明るい柄の(ページをめくる)。こっちは、かなり派手な柄物のシャツだ。

片渕:でしょ。これがリアル、リアリティなんですよ。そうだとしたら、我々が持っている戦時生活の印象って一体何なのかということです。

 調べていくとモンペを履くというけれど、和服のモンペの場合もあるけれども、普通のズボンを履くことも多かったようです。モンペというけれど、実はズボンを履いていたんですね。スボンの裾は締めていたみたいです。当時の人はゲートルを巻くことで分かるように、裾からなんか入ってくるのが嫌だったみたいです。

 「あれはズボンだったんだ」と分かると、見方が変わりますよね。時々、女学生が上はセーラー服で下はモンペという不思議な格好をしていたという話が出て来ますが、実は下はズボンだったとなると理解できます。当時の人達は僕らと変わらない、同じ感覚を持って生きていたんです。

「戦争末期になると、普通の服になっていく」

そうか。映画の中でも昭和20年7月に、すずさんの妹のすみちゃんが、呉にやってきて「お姉ちゃん、広島に帰っておいでよ」というシーンがありますね。軍都だった呉がひどく爆撃されたからですが、観客はこのあと広島に原爆が落とされるのを知っているので、背筋が寒くなる。このシーンですみちゃんは、今でも違和感のない服装をしていました。

片渕:サロペットですね。モンペじゃない。あの服装もちゃんと当時の写真があるんですよ。

確かに、戦争末期には衣服の配給も滞りがちになりますよね。服を着ないわけにはいかないから、手持ちの服を着ていくしないない。となれば、統制が強まる前のスカートだったり明るい柄だったりの服を着るしかない。

片渕:そうです。戦争も、本当の末期の末期になるまで、ごく普通の服装をしているんです。服装に関しては、当時の新聞や雑誌、ネットに転がっているものも含めて、女性の服装が分かる写真を可能な限り集めていって、パソコンに取り込み、時系列に整理していきました(と、傍らにあったパソコンを操作し始める。きれいに階層化された各フォルダーに、大量の画像データが整理されている)。