航空史研究家・片渕須直の文章が掲載された『烈風と烈風改』(学研)、片渕監督は、零戦、烈風に続いて日本海軍が昭和20年に企画した最後の戦闘機「二十試甲戦闘機」についての緻密な研究結果を執筆している。

片渕:それはまあ、古い仲間内のほめ言葉なんでしょうが(笑)……ただ、航空史研究のことを知っているなら、話は早いです。古峰さんや私などが航空史研究でやっているのは、伝聞とか回想とかを排除して、当時の一次資料のみに基づいて「実際にその飛行機はどんなものだったのか」を明らかにしていくということです。「この世界の片隅に」では、このやり方を生活全般に適用してみました。一次資料を集めて、「昭和18年から21年の生活って、一体どんなものだったんだろう」と調べていったわけですね。

「分かるところから攻めていくんですよ」

日常的なことは資料を集めるのが難しくはありませんか。我々、ハレの日の写真はけっこうたくさん撮りますが、日々の日常の写真をせっせと撮るようになったのはスマートフォンの普及以降ですから。

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

片渕:いや、それがけっこうたくさん残っているんです。こういう時は、分かるところから攻めていくんですよ。例えば胸に付ける身許票(みもとひょう、しんきょひょう)というものがあります。名前や血液型を書いておくんですが、これは内務省が「こういうのを付けろ」と通達を出しているんです。だからいつから付けるようになったか分かるんです。

 あるいは呉の街が、どんな順番でどの街区から順番に建物疎開(たてものそかい:空襲に備えて住人が引き払い、建物を壊して防火帯を作ること)していったか、また民家に一斉に迷彩塗装しろと指示が出たことなんかも記録が残っています。

 そういう記録として残っていることを調べていくだけでも、相当なことが分かります。呉市の月ごとに食糧配給についても記録が残っていますから、この月はなにが配給されて、なにが配給されなかったなんてことも分かるんですよ。

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

「イワシ四匹」のエピソード!

片渕:あるいは「この月は砂糖が配給されなかった」とかね。砂糖の配給の話は、こうの史代さんの原作の段階で、あの砂糖とアリのエピソードになっています。こうのさんも、もとの資料を調べて描いているんです。

 そうやって調べうる限りの資料を調べて、できるだけふんだんに投入していくことで、あの時代のリアリティを感じられるようにしていったんです。

 当時の新聞や雑誌の記事や写真も調べていくと面白いです。昭和19年の春先か初夏の新聞には「最近モンペを脱ぎたがる女性が増えて困る」と書いてあるんですよ。「暖かくなって衛生上よろしくないから脱ぎたがるんだ」というんですね。新聞は「決戦服だから着ろ」と書いているのだけれど、こういう記事が出るということは、実際のところ一般の人は「暖かくなったら、モンペは脱いでもいい」という認識でいたということですよね。