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中国は報復関税を事実上取り下げ

 第3の注目点は、中国においても米国との合意のあり方に意見の対立が見られることです。誰しも貿易戦争が終結する、あるいは停戦を合意することが望ましいと考えますが、それが中国の一方的な譲歩の結果であってはならないという声が保守派を中心に存在します。

 こうした環境にもかかわらず中国は合意のために大きく譲歩したと思います。まず米国の産品を大量に購入することで合意した。

ムニューシン財務長官が12月3日になって「中国が米国産の農産物やエネルギー、自動車など1兆2000億ドルの輸入拡大を提案した」 と明らかにしました。

津上:そうですね。特に農産物の買い付けについては「ただちに」と強調しています。これは「関税上乗せのまま買う」ということ。中国が課した対抗関税を事実上無効にする行為です。

 さらに、真偽は不明ですが、トランプ大統領がツイッターに「中国は米国製自動車に課している報復関税を削減・撤廃に応じた」と投稿しました。中国は7月、15%だった税率を40%に引き上げていました 。

 習近平国家主席は、米クアルコムによるNXPセミコンダクターズの買収計画が再び提出されれば、承認に抵抗することはないとも語っています 。

 中国がこれほど譲歩したのに対し、米国は「90日の交渉期間中は追加関税を猶予する」としているだけです。交渉は中国の問題点を取り上げるもので、双務的でもなさそうです。中国保守派のメンタリティーを考えると、習近平国家主席は下手をすれば「外圧に屈した売国奴」と責められかねません。

 その点で、米側が戦果を披露しているのに、中国側はこれらの譲歩を発表で明らかにしていないことが気にかかります(事実無根とか誤解とか否定するでもない)。世論の反発を恐れて中身を伏せたがっている可能性があります。

 こうした米中双方の事情を考えると、よく合意できたものだと思います。

泣き面に蜂の中国経済

なぜ中国はそこまでして合意したのでしょう。

津上:経済状況が厳しく、国民の間で不安が高まっているからでしょう。いまの中国経済は泣き面に蜂の状態です。貿易戦争が起きる前から情勢が悪かったのです。

 まず債務過剰を打開する見通しは立っていません。ここ1年続けてきたデレバレッジ(債務の圧縮)で景気が悪化し、とくに民営企業が資金繰り難に遭遇した結果、推進者だった劉鶴副首相が「理屈頼みの経済知らず」とやり玉に挙げられています。

 今後の経済運営の指針が求められるときなのに、今秋に開かれるはずだった4中全会が開かれていないことも気懸かりです。「今後の景気刺激は公共工事より減税で」と求める声が多いのですが、そういう点も4中全会ではなく12月の経済工作会議で決めるのでしょう。

 なお、減税によっても国債の発行額(財政赤字)は増大し、債務比率が上昇することは変わりませんが、企業や地方政府といった脆弱な主体から中央政府に債務の負担を移すなら、地方政府頼みよりはマシな選択かもしれません。いよいよ日本に似てくることになりますが。

 また、過剰債務問題に加えて、民間企業が将来に対する希望を失っていることも深刻な経済問題です。景気の悪化に加えて、政府が進めたデレバレッジで民営企業の資金繰りが苦しくなった。おまけに、公有制を持ち上げる極左的な言説がメディアに登場して、民営企業は「居場所があるのか」と不安を高めています。

 海外では貿易戦争の影響が過大視されていますが、中国では、債務過剰や民営企業のビジネスマインドの悪化、それをもたらす環境の方がもっと深刻だという見方が多いのです。「泣きっ面に蜂」とはそういう意味です。