日本のインターネット産業を切り開いて四半世紀、技術力で大手通信会社と勝負してきた。格安スマホにも参入し、業界首位と存在感は健在だ。既存勢力への挑戦はやめない。IT(情報技術)産業をリードする米国勢にも闘志を燃やす。
(聞き手は 本誌編集長 東 昌樹)
(日経ビジネス2017年9月25日号 88~91ページより転載)
PROFILE
[すずき・こういち]1946年生まれ。71年早稲田大学文学部卒業、72年日本能率協会入社。コンサルタントなどを経て92年に前身のインターネットイニシアティブ企画を設立し取締役。翌年にインターネット接続サービスを開始。94年にインターネットイニシアティブ社長就任。2013年6月から現職。「東京・春・音楽祭」の実行委員長としてクラシック音楽の普及にも尽力する。
格安スマホはもっと伸びる。シェア30%は可能。
仮想通貨も登場、いよいよ旧来の仕組み変わる。
企業向けのデータ通信サービスが主力事業ですが、このところ大きく伸びているのが格安スマートフォン(スマホ)などのモバイル通信事業ですね。
ビックカメラなど他企業とも組んで格安スマホ事業を展開
鈴木幸一氏(以下、鈴木):『IIJmio』という我々のブランドが個人向けの格安スマホ市場で1位になりました。ほかにビックカメラなど様々な企業の裏方となって、相手先ブランドでもサービスを提供しています。こちらも伸びています。個人向けのほかに法人向けサービスもやっていまして、両方合わせた回線契約数はこの1年で4割近く増えました。足元では約200万回線になっています。
格安スマホはもっと伸びる市場だと思っています。当社のような企業は大手通信会社からインフラを借りて通信サービスを提供しているので、業界内ではMVNO(仮想移動体通信事業者)と呼ばれています。欧州を見るとMVNOの市場シェアはおおむね二十数%で、ドイツでは45%を超えたとの統計もある。それに対して、日本のMVNOは携帯電話市場全体の7~8%程度のシェアです。諸外国と比べればまだまだ伸びる余地がある。将来的に30%程度までは普及するのではないでしょうか。
大手は格安スマホに顧客を奪われ、巻き返そうと必死です。
鈴木:サービス競争は望むところですが、その前提として、より公平な競争環境が整備されていくことが重要です。私がよく大手に対して言ってきたのは『共通の通信インフラをどの会社も同じ利用料で使える公平な基盤の上で競争しましょう』ということです。
公平な競争環境ではない
鈴木:例えば、NTTドコモは自前の通信インフラを使って、通信サービスからインターネット接続、コンテンツ配信まで一体的に手掛けていますよね。もしドコモが我々にインフラを貸し出す際の料金と、ドコモが使用するインフラの原価が同じであれば、それでも公平な競争環境と言えるでしょう。現状は、その点、十分とは言えません。
電話の時代には通信インフラを持つ企業だけが通信サービスを独占していました。それがインターネットの時代になると通信インフラを大手から借り受けたサービス事業者が、新しい技術や独自のサービスを投入して市場を作り上げてきました。モバイル通信も本来は通信インフラとサービスを切り分けた上で、大手とその他の企業がサービスで競争すべきだと思います。
NTTグループは光回線事業については「黒子になる」と宣言して直接販売から卸売りにシフトしました。本当はそこまで割り切っていないということですか。
鈴木:光回線だけを見れば割り切ったのでしょうが、一つのグループとしてはインターネット接続事業をNTTコミュニケーションズが手掛けています。必ずしも黒子に徹しているわけじゃないのに『うまく言うよなあ』とは思います。やはり通信インフラとサービスとでは勝負の土俵が別なのだということを、もう一度お互いに認識した上で競争したほうがいいと思いますね。
市場は伸びるとしても格安スマホ会社同士の競争も激しくなります。他社との違いをどう出していく考えでしょうか。
鈴木:来年3月までにシステム設備を大手通信会社とつなぎ、『フルMVNO』と呼ばれる事業者になる予定です。これは日本で初めてです。従来のMVNOはインフラ全体を大手通信会社から借りていました。フルMVNOは、大手に代行してもらっていた『加入者管理機能』を自社で運営し、利用者の電話番号や位置情報を自前で管理できるようになります。無線ネットワークを運営する上で、独自のサービスをより自由に開発できるのです。
具体的に利用者にはどんなメリットがあるのでしょう。
鈴木:例えば、海外に出かけてスマホを利用する際の通信料を、従来のMVNOが独自に設定するのは難しかった。インフラを持つ大手と海外の通信会社の間で決めているからです。フルMVNOなら海外の会社と直接契約できるので、定額制や通信速度が遅いけれど割安にする、といった多様な料金プランを作りやすくなります。通信サービスを受けるために必要なSIMカードと呼ばれるものを自社で発行し、カード内に書き込んでいた電話番号や契約情報を我々が管理できるようになるためです。
大手が提供するサービスに近づくわけですね。
鈴木:そのために50億円近いシステム投資をしました。薄利多売のMVNOとしては負担となりますが、当社には9000社以上の顧客基盤を持つ法人向けビジネスという強みがあるので、それが可能となりました。
フルMVNOに進出し、法人向けでは、つながる車を実現する『コネクテッドカー』や工場などの『IoT(モノのインターネット)』の領域で、新たな通信需要を見込めます。端末数が膨大になるこうした分野では、ネットワーク管理機能が特に重要になります。例えば、工場の規模によっては100万回線をつないで運用管理しなければならないケースもあります。あらかじめ自分たちの管理するSIMカードを組み込んでおくことで、運営しやすくなります。
アマゾンのサービスにも対応
事業のもう一つの柱である法人向けのクラウドサービスの領域で、米アマゾン・ドット・コムが提供するアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の存在感が日本でも高まっています。どう対抗しますか。
鈴木:確かにアマゾンはクラウドサービスでは一番の競合相手ですね。日本の顧客、特に大手企業は自社向けの仕様を求める傾向が強いので、そこに対応できる技術を持った我々がリードしていると思います。
でも、そこまで複雑な仕様が必要ない企業や業務もあります。そういう用途でAWSの利用企業が増えているという現実に対応する必要が出てきました。社内では『自社しか使えないサービスはやめよう。他社のサービスにも優れたところはあるのだから、一緒に組む方法だってあるじゃないか』と言っています。
アマゾンの存在も前提にしたビジネスも展開すると。
鈴木:当社のエンジニアはクラウドの運用管理で優れた技術を蓄積してきました。その技術を基に4月から、複数のブランドのクラウドを一括して管理できる法人向けサービスを始めています。顧客企業が当社のクラウドのほかにAWSや米マイクロソフトのサービスを使う場合、それぞれのクラウドごとに専門の運用担当者を置く必要がありましたが、我々に任せてもらえればまとめて管理できるようにしました。
IIJの創業から25年。インターネットが普及した現在をどう見ていますか。
鈴木:私が事業を始めた時は、『これは20世紀で最後の技術革新なのだ。米国に負けていられない』という思いで必死でした。大きな意味で言えば、確かにインターネットは世の中全体の仕組みを変える存在になったと思います。日本の社会も世界に少し遅れながら変わってきていますね。
でも、大きな変革はまさにこれから起こるはずです。特に金融とIT(情報技術)をかけ合わせたフィンテックの時代がやってきています。仮想通貨も登場し、いよいよ旧来の仕組みを変えてしまうのだと思います。本当に面白いのはこれからです。
日本の金融機関は、その動きに対応できるでしょうか。
鈴木:今までは『かゆいところに手が届く』といわれる日本のIT企業に頼り切り、彼らが用意した情報システムを、ただ使っているだけでした。最近はメガバンクを筆頭に多くの金融機関がフィンテックに取り組んでいるようですが、まだ本格化には時間がかかりそうです。
システムこそ金融の新しいビジネスモデルを生み出す最も重要な鍵になるはずですが、既存の仕組みを大きく変えるような雰囲気はないですね。経営トップがそこまで本気で考えていないのか、大量に抱えているシステム部員の雇用問題のせいなのかは分かりません。とはいえフィンテックの波は確実にやってきます。
フィンテックを技術で支える
IIJはどんな役割を果たしていくのでしょうか。
鈴木:将来、フィンテックに本気で取り組む金融機関をインターネットで培った技術力で支えていけるよう準備しています。金融機関だけではありませんよ。ヒトの健康データを集めて分析し、病気を予防する取り組みが広がれば、医療費の抑制につながるでしょう。電力会社が一般家庭の室内温度を遠隔から自動制御して環境負荷を抑える、といったことも簡単になる。サーバーやパソコンの処理能力が上がって膨大なデータをより高速に解析処理できるようになれば、もっともっと面白いことができるようになります。
データの処理そのものは技術さえあれば難しいことではありません。問題は膨大なデータをどうやって集め、解析結果を顧客にどう届けるか。グーグルやフェイスブックに代表されるように米系のIT企業は、そうした仕組みを作るのが非常に上手でした。データを基に、それぞれの個人に合わせた広告を表示することで巨大なビジネスを生みました。
日本からはグーグルのような会社がなかなか出てきませんね。
鈴木:技術では、グローバルに通用するものはあるんです。今も思い出すのは、打倒NTTを掲げて1998年にトヨタ自動車やソニーと設立したクロスウェイブコミュニケーションズ(CWC)のことです。2003年に経営破綻して悔しい思いをしましたが、インターネット時代のインフラを作る方向性は正しかった。CWCが提供した新しい企業向けデータ通信サービスは、通信の世界に技術革新をもたらしたと自負しています。今の当社も、インターネットの運用技術ならトップクラスでしょう。
でも結局、大きく成長したのは、広告のようなビジネスの可能性に気が付いていた会社です。当社が大化けできなかったのは、その流れをつかめなかったのが理由かもしれません。
このままでは終わりたくありません。今からでも米国に乗り込んで新しい勝負を挑んでみたい気持ちもある。『いい年をして、また失敗するんじゃないか』と言われるか『鈴木らしいな』と思われるか。どちらかでしょうね。
傍白
危機感の薄い郵政省(現総務省)を説き伏せ、1993年に日本企業で初めてインターネットの商用サービスを始めました。日本のネット普及が海外に遅れなかったのは鈴木さんのおかげです。面白いことに巨大なライバルだったNTTにノウハウをすぐに伝授してしまいました。目先の商売よりもネットという「文明」の開花を優先したのでしょう。
単なる商売人とは一線を画するためか人脈は幅広く、今月の内輪だけの誕生会には経済界や官僚の大物が顔をそろえました。71歳。多くの消費者を救う格安スマホの普及にもメドをつけました。注目されるのは世界を動かす仮想通貨。日本はどういう枠組みを整えるのか。ネットの寵児の総仕上げにふさわしい仕事ではないでしょうか。
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