バックパッカーとして世界を回った後、格安航空券の旅行会社を起業して37年。エイチ・アイ・エスは、次の成長をロボットなど新たな「起業」に託す。社長に復帰し、売上高を1兆円に倍増させる中期目標に挑む。(聞き手は 本誌編集長 東 昌樹)
(日経ビジネス2017年9月18日号 102~105ページより転載)
PROFILE
[さわだ・ひでお] 1951年、大阪府生まれ。独マインツ大学中退。バックパッカーとして世界を回った後、80年、格安航空券を販売する旅行会社、インターナショナルツアーズを設立。90年、社名をエイチ・アイ・エスに変更。2004年、会長に就任。10年、買収したハウステンボスの社長に就く。16年11月、12年ぶりにエイチ・アイ・エスの社長に復帰。旅行、テーマパークに加えホテル、ロボットなど事業を拡大。ロボットが接客する「変なホテル」は現在、3カ所を運営。
富士山を目指す人はエベレストに登れない。
ロボットから「植物電池」まで。面白いでしょ。
問:最近、不祥事が頻発しています。今年8月、エイチ・アイ・エス(HIS)の国内バスツアーサイトからの個人情報流出事件がありました。傘下のハウステンボスではバンジージャンプのワイヤロープが切れ、男性客が右肩を打撲するけがを負いました。
答:個人情報の流出については、古いシステムから新たに構築しているシステムへ、データを移す際にミスがありました。お客様と関係者の皆様に深くお詫び申し上げます。経緯を公表して、しっかりとケアさせていただいています。
ワイヤロープはまだ想定される耐用回数以下しか稼働させておらず、直近の点検でも問題ありませんでした。
なぜ、事故が起きたのか調査しています。再び事故を起こせば、ハウステンボスの経営にとって致命傷になります。バンジージャンプは今回の事故後、ただちに運営を中止、廃止する予定です」
問:今年6月、東京労働局は労働基準法違反の疑いで法人としてのHISと労務管理担当の幹部2人を書類送検しました。社員2人に労使協定の上限を超える時間外労働をさせた疑いです。
答:これは約3年前からの話で、その時に警告を受けたことの処理が、最近始まりました。現在は鋭意、残業を減らしているところです。
インバウンド政策に偏り過ぎ
問:日本人の海外旅行者数は2012年がピーク(1849万人)で、それ以降、減少に転じています。かつて若い人がバックパッカーとして、どんどん旅に出たころとは、意識が変わっているのでしょうか。
答:日本が内向きになってきていると思います。例えば韓国は人口約5000万人と日本の半分以下ですが、海外に出かける旅行者は年間2000万人程度といわれ日本よりも多いそうです。旅行して世界を見ると創造的になり挑戦する気持ちも養われます。特に若者が内向きになることは、日本経済を成長させる上でもよくないことだと思います。
政府は今までイン
バウンド(訪日外国人客)を増やすことを重視してきましたが、同時に日本から海外への旅行客も増やさないとバランスが悪くなる。海外旅行についてもしっかりと政策を打ち出してもらいたい。
問:売上高は2017年10月期に5800億円の見込みですが、20年には約2倍の1兆円に増やす中期目標ですね。
答:1兆円の目標達成はそんなに難しくないと思います。3年間の時間があり、来年には7000億円を超えると思います。海外や新事業を成長させれば積み上がっていきます。海外では特にタイ、ベトナム、インドネシアなどアジアを強化しています。昨年10月、M&A本部を設置し、今年4月には欧州での旅行手配を手掛けるミキ・グループの持ち株会社を子会社化しました。売上高が約800億円の会社です。中期目標の達成にこうしたM&Aは有効です。
問:それでも1兆円はかなり高い目標に見えます。実現は簡単ではないはずです。
答:できる、できないは置いておいて、高い目標は必要です。富士山を目標にする人はいつか富士山には登れるでしょうが、エベレストには登れない。エベレストを目標にして、そのための訓練や準備をすれば、いつかは登頂できるかもしれません。売上高を1兆円にすることは現在の延長では無理ですから、どうすれば目標が達成できるか社員全員が考えるようになります。
問:数多い新規事業の中で特に注力しているものは何ですか。
答:今、最も力を入れているのはホテル事業です。現在、30カ所で運営しており、まずは100カ所にするのが当面の目標です。ロボットを導入した『変なホテル』の3号店を今年8月に愛知県蒲郡市に開業して、今後1年以内に東京に5~6カ所、大阪に2カ所作ります。うまくいけばホテル事業の世界展開を進め全世界で1000カ所を目指します。
問:電力事業も手掛けています。どこから発想したのですか。
答:ハウステンボスを運営していて『何でこんなに電気代が高いのか』と痛切に感じました。特に夏場は非常に高い。だったら自分で電力会社を設立して発電所を作ろうと考えたのです。電力を販売もするし自社の施設でも使う。来期には売上高100億円程度になる見込みで、次の事業の柱にしようと思います。リチウム電池と同等の性能を持ちながら製造コストを大幅に削減できる植物を材料に使った電池も開発中で今秋から実際に使うつもりです。
ロボットカフェを渋谷に開く
問:既存の事業に全く関係ないように見えて実はつながっているのですね。
答:そうです。ハウステンボスは、欧州の都市国家であるモナコ並みの面積があり、都市機能がここに全部そろっているのです。ハウステンボスで実験したことを新規事業につなげます。ロボットもここで実験してから、展開し始めました。近く東京・渋谷でロボットカフェの出店も計画しています。
日本では産業ロボットは進んでいますが、サービス業でのロボット導入は遅れています。このため、当社で活用するだけではなく、他社向けに新たなビジネスになると見ており、新会社『ハピロボ エスティ』を設立しました。ロボット事業ではAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)が重要ですから、専門家を集めて開発チームを作っており、世界のロボット会社との提携も進めています。
問:ロボットを、ホテルなど実際の事業で活用してみて何か発見はありましたか。
答:例えばホテルのフロントで使うロボットは365日24時間働きますから耐久性が重要になります。格好いいロボットでなくともローテクでもよいのです。現場で使ってみると実用性があるかどうかすぐに分かります。ロボットの横に人が付き添っていないと使えないような製品ではダメなのです。
ただ、ロボットに業務を完全に任せるのは難しいので、8割の仕事をロボットにやらせて残り2割は人間がやります。それでも、人数あたりの生産性は5倍になります。変なホテルでは200機のロボットが働いて、人間とうまく分業しています。
問:ハウステンボスの経営再建を打診され、当初は断った経緯があります。
答:なぜ、長崎県佐世保市のあの場所に作ったのか、立地が間違っています。周辺の人口が多いこと、交通アクセスの良さ、といったテーマパークに必要な条件をことごとく外しています。
黒字化の基本はコスト削減と売上高の向上、つまりいかにお客を増やすかです。カギとなるのはイベントです。競合の東京ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンにないオンリーワン、ナンバーワンのイベントをどんどん仕掛ける。そうしないとわざわざ佐世保まで来てもらえない。集客にかなり苦労はしましたが、新規事業を生みだす意味でもハウステンボスを手に入れてよかった。広大な私有地ですから、電気自動車やドローンなど自由に試すことができます。スタッフは園内をセグウェイで走っています。
問:次から次へとやりたいことが沸いてきているようですね。
答:そうですね。例えばハウステンボスでは沖合にある無人島を購入しました。球形の水上移動式ホテルを用意して夜間に移動して朝、この島に上陸します。ここで朝食を食べて優雅に楽しむプランを考えています。いわば『変なホテル』の新版です。実現したら面白いでしょ。趣味じゃないですよ。来年1月に完成させテスト宿泊を始めます。
問:昨年11月、HISの社長に12年ぶりに復帰しました。人任せではなくやはり自分でやりたいと考えるようになったのですか。お話を伺っているとそれが一番の理由に思えます。
答:私自身、ここ数年はハウステンボスの経営に専念せざるを得ない状況でしたが、経営を立て直して、業績を伸ばしてきました。運営を任せられる若い社員も育ちました。一方、旅行業のHISの業績は伸び悩み停滞が始まりました。世界一を目指して新たな世界戦略を進めるには、インバウンド、海外旅行、ホテル業などすべてを把握できる人材が必要ですがまだ育っていないため、じゃあ、僕が1回、社長に戻ってやりましょうという話になりました。
日本発の海外旅行取扱額で今年2月にJTB(グループ15社)を抜き、旅行業界で首位になりました。ですがそこで満足せず、世界有数の旅行会社にしないと今後、戦っていけません。
アジアで最大のシェアを取る
問:旅行業でもオンライン販売などで技術革新が進んでいます。
答:時代を先取りするシステムを作り上げていくこととそのための人材を確保することは最も重要になっていきますね。店舗を持ち、何千人ものスタッフが商品を販売する時代は半分以上、終わっています。今や、スマートフォンからお得な価格、ツアー情報など最新の情報を誰でも簡単に入手できます。そして、そこから予約が入ってきます。ですから、このようなシステムを持っていない会社は勝てないと思います。
例えば20店舗で400人のスタッフがいるとします。一方、オンライン予約サイトは10分の1の40人で運営して同じ販売量を上げることができるとすれば、生産性は10倍になります。
問:競争のルールが激変しています。
答:完全に変わってきています。小売業における米アマゾン・ドット・コムのように、一瞬にして新しい会社に市場を押さえられ、競争を繰り広げていた既存の事業者は結果的にガラパゴスのように取り残される。旅行業界では世界的な予約システムを持った旅行会社が欧米市場を席巻しました。しかしアジアにはまだそこまで進出していない。アジアは世界最大の市場になると考えています。オンライン旅行会社として最大のシェアを何としても取りたい。
問:澤田社長は今年66歳になりました。後継者を含めて今後、人材が育ってくるかどうかが重要ですね。
答:企業は100%、人ですね。会社は社長次第。スタッフも大切ですがトップですべてが決まります。結果を出せなかったらトップを代えるしかない。トップが創造的なことにチャレンジしていかないと停滞していきます。私はグループ会社などの経営を人に任せたら一切、口を出しません。私が手を出すと頼ってきますからね。その代わり結果で評価します。経営は大変だけど楽しい。だから自分がやるときは100%自分でやります。
傍白
初めてお会いしたのは17年前。東京・麹町の寿司屋でお見かけし、ご一緒させていただきました。小さなテーブル越しに向かい合うと、相手を圧倒するような強い眼の力が印象的でした。60歳代も半ばを過ぎ、さすがに眼はいくぶん柔和になったように感じます。しかし、事業への意欲はますます強まっているのではないでしょうか。
まるで少年が学校の裏山に作り始めた秘密基地の話をするかのように、実に楽しそうに経営や事業のアイデアを次々話してくれます。経営することが趣味、生きがいなのでしょう。1980年に生まれたベンチャーがあの日本交通公社、JTBを抜くまでになった原動力はここにあります。元気な限り実質的なトップ交代はないでしょう。
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