平和条約締結をテコに衆参ダブル選も

平和条約を結ぶにあたって、北方領土の帰属以外に話し合うべき事項はありませんか。請求権などについては、56年宣言でお互いに放棄しています。

名越:基本的には北方領土の帰属だけです。外務省の担当者が以前、「国境が確定すればすぐに締結できる」と話していました。国境部分を除いて、日本側の案文はほぼできているとも語っていました。

 ただし、北方領土についてどのように記すのか。日本は国後・択捉の返還にも可能性を残す表現をしたい。ロシアは「これで終わり。ピリオド」と書き残したいわけです。芸術的な才能を要す仕事になります。

不法占拠については、どのような書きぶりなることが考えられるでしょう。

名越:触れないでしょう。日本は譲歩させられることになると思います。平和条約によって戦後処理が最終的に完了するわけで、関連してシベリア抑留なども合法になるかもしれません。

そうなった時に日本国内はまとまるでしょうか。

名越:「やむなし」という形で進むのではないでしょうか。4島一括返還の旗を降ろすことも含めて、保守の安倍首相だからできるのだと思います。かつての民主、民進党政権が同じことをしたら袋叩きにあったにちがいありません。

 世代交代も進み、以前とは環境が変わってきてもいます。北方領土に対する関心が低下し、中国と韓国に移っています。これも“安倍効果”かもしれません。右翼も今はおとなしいですし。

国会の批准も問題なく進む。

名越:今の国会の状況ならば問題ないと思います。

 安倍首相は来年6月にプーチン大統領が訪日した時に仮調印。「日ロ平和条約を締結する」ことをテコに7月、衆参ダブル選挙に臨む展開を思い描いているかもしれません。

56年にはシベリア抑留者の帰国など切実な問題があった

これまで、うかがってきたシナリオで進む場合、「引き分け」といえるのでしょうか。プーチン氏は2012年に「引き分け」による解決に言及しました。

名越:2015年秋にトルコで会談した際、安倍首相が「平和条約後の2島返還」に触れると、プーチン大統領は「それでは日本の1本勝ちじゃないか」と指摘したという情報があります。ロシアとしては、交渉対象を2島にした上での引き分け、つまり「1島返還」を狙ってくるかもしれません。

冒頭の質問に戻ってしまいますが……。それでも、なぜこの時期に平和条約の交渉を始める必要があるのでしょう。

名越:プーチン大統領は近隣諸国との領土問題を、係争地を面積折半にする超法規的な対応で柔軟に処理してきました。北方領土問題は第二次大戦の結果に絡むので適用できないという立場ですが、経済や安全保障を優先する場合は領土割譲も惜しまないところがあります。ロシアの国際的孤立や経済失速などもあり、日本はもう少し粘っても良かった気がします。

 ただ、1991年にソ連が崩壊した直後に訪れた最大のチャンスに日本外務省は動かず、千載一遇の機会をみすみす逃してしまった。その時の外交失敗が今日の事態につながったと思います。当時、大型援助を武器に外交攻勢に出ていれば、国後を含め少なくとも3島は獲得できたでしょう。

56年宣言を締結した時に、4島一括ではなく、歯舞・色丹の引き渡しだけに譲歩したのは理解できます。シベリアには多くの日本人が抑留されていて、彼らの帰国が最優先課題でした。国連に加盟するにも、常任理事国であるソ連の承認が必要だった。

名越:今は、そのような切実な理由はありません。レガシーを残したいという安倍首相の個人的野望や“安倍家の家訓”のために、大きな譲歩をしていいのでしょうか。歯舞・色丹の2島だけなら56年の時点で決着していたわけで、この60年間はいったい何だったのか。「待って、待って、後退」したのでは、日本外交の大失敗と評価されることになります。

■変更履歴
記事掲載当初、本文2ページ目で「外相として訪ソした同氏は『56年宣言を元に交渉を行う』と述べました」としていましたが、正しくは「同氏は国会答弁で『56年宣言を元に交渉を行う』と述べました」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです [2018/11/20 9:00]