「領土問題の継続審議」――ロシアは56年にも拒否

国後・択捉について言及のない56年宣言を基礎とすることで、両島の扱いが一層不透明になります。今後、どうなるのでしょう。

名越:今のところ、政府に展望があるとは思えません。

 「2島(歯舞・色丹)先行」なのか、「2島で決着」なのか。官邸は「国後・択捉は放棄する」とは決して言えないと思います。つまり「2島先行」を掲げる。一方で、ロシアは2島で打ち止めにしたい。「2島で決着」、「平和条約によって国境は画定した」としたいでしょう。

 日本はロシアの意向を拒否することができるのか。首脳同士のサシの会談でこのあたりも話し合っていると思いますが、安倍首相は大きな2島が戻ってこないことも覚悟しているのだと思います。

56年宣言を締結する交渉の過程で、日本は「領土問題の継続審議」の文言を挿入するよう求めましたが、ソ連が拒否した経緯があります。

名越:おっしゃるとおりです。プーチン政権は国後、択捉の帰属協議を一貫して拒否しており、今回も同様の文言を入れるのは難しいでしょう。

「2島先行」とも、「2島で決着」とも解釈できる玉虫色の表現をするのでしょうか。

名越:その表現を作り出すには芸術的なセンスが必要ですね。加えて、あいまいな表現ではロシアが署名を拒否する可能性もあるでしょう。

色丹島にロシア人が押し寄せる?

次に、歯舞・色丹の取り扱いについて伺います。プーチン大統領は安倍首相との首脳会談の後、「日ソ共同宣言には平和条約の締結のあとに2つの島を引き渡すと書かれている。ただし、引き渡す根拠やどちらの主権のもとに島が残るのかは書かれていない。これは本格的な検討を必要とする」と発言。同大統領は2016年に訪日した時の記者会見でも、同様の主張をしました。

 これに対して菅官房長官が「歯舞諸島、および色丹島が返還されることになれば、当然それらに対する日本の主権、これも確認されることになる」と反論しています。

名越:主権については日本に利があります。第二次大戦末期に米英ソ3首脳が臨んだヤルタ会談で、千島列島と南樺太を得ることを条件に、ソ連は対日参戦しました。この時の文書を読むと、千島列島をソ連に「ピリダーチャ」(英語では「hand over」)する、と書かれています。ソ連はこの文書を元に、主権を含めて千島列島をすべて獲得しました。

 そして、56年宣言でも、歯舞・色丹について「引き渡し」を意味する「ピリダーチ」という動詞が使われているのです。日本はこの点を突くべきです。ヤルタ合意に従えば、歯舞・色丹は主権とともに日本に引き渡されることになります。

 プーチン発言は詭弁であり、駆け引きです。したがって、主権については最終的には折れてくると思います。

 しかし、それでも日本は歯舞・色丹について条件闘争を強いられるでしょう。排他的経済水域について日本の権利を抑制すること、色丹島に住むロシア住民に補償措置を取ること、在日米軍の基地を置かないこと、などが考えられます。「取れるものは取る」というのがロシア人の考え方です。

 色丹島には3000人近いロシア人が住んでいます。彼らは、日本への引き渡しを嫌って色丹島を離れるグループと、島に残留するグループに分かれるでしょう。日本を離れるグループには補償金を支払うことになるかもしれません。一方、残留するグループは日本国籍を求める可能性があります。そうすると二重国籍問題が発生する。

 新たに色丹島を目指してくる人々も出てきます。一部は補償金を目当てにくる人々。別の一部は、反プーチンのロシア人。また返還利権を狙うロシア人が、日本人になるべく色丹島に移住してくる事態もあり得ます。

 米軍基地については、安倍首相がプーチン大統領に「置かない」と伝えたことが報道されています。そもそも、不便な離島に米軍が駐在する必要はありません。色丹島は丘陵の地形で、空港を作る場所がありません。ロシアも作っていないのが現状です。ヘリポートはありますが……。米軍にとっては三沢にある空軍基地で十分だと思います。

 それでも、日本が米国にこの話をもちかければ、米国は不快に感じるでしょうね。日米地位協定も修正する必要があります。

米国は、「日本のどこにでも基地を置くことを求められる」と解しているそうですね 。一方、日本は「歯舞・色丹に米軍基地を置かない」ことをロシアと確認することは同協定上、問題ないと解釈している。

名越:加えて、歯舞・色丹と尖閣諸島とで異なる対応を米国に求めるのもおかしな話です。