米国の中間選挙が終わった。米国政治に詳しい、上智大学の前嶋和弘教授は「結果は引き分け」とみる。上院の過半数を維持した共和党は「トランプ党」に変貌。下院の過半数を奪還した民主党は、「左バネ」を効かせて得票を伸ばした。
(聞き手 森 永輔)
ミネソタ州の下院選に勝利したイルハン・オマル氏。同氏は元ソマリア難民。8歳の時に米国に移り、苦労した末、今回の当選に至った(写真:AFP/アフロ)
米国の中間選挙が複雑な結果に終わりました。まだ全議席が確定していませんが、上院は与党・共和党が過半数を維持。下院は野党・民主党が過半数を奪還しました。2010年の中間選挙で共和党に多数派を奪還されて以来のことです。共和党と民主党、果たしてどちらが勝利したのでしょうか。
前嶋:私は「引き分け」とみています。共和党が勝ったとも、民主党が勝ったとも、見えますよね。
前嶋和弘(まえしま・かずひろ)
上智大学総合グローバル学部教授。専門は米国の現代政治。中でも選挙、議会、メディアを主な研究対象にし、国内政治と外交の政策形成上の影響を検証している(写真:加藤 康)
共和党にとって上院での勝利は想定の範囲内でした。改選議席35のうち26議席が民主党。民主党が過半数を得るためには35議席中28議席を取らなければなりません。これは無理な話です。
一方、共和党が下院で敗北するのも想定の範囲内だったでしょう。約40人の現職議員が出馬を取りやめ引退しました。民主党の引退議員は約20人。この差である20議席を、共和党は戦う前から失ったようなものでしたから。現職が出馬しない選挙区では、反対党の候補に一挙に風が吹きます。米議会の選挙では現職の再選率が90%程度なので、この20議席が勝敗を決しました。
これらの理由から、予想通りの選挙結果になったといえます。
共和党は、下院においてぼろ負けすることはありませんでした。トランプ大統領が「完全勝利」というのも、まるっきりの間違いとは言えません。
「トランプ的なもの」が認められた
前嶋:「引き分け」にはもう一つ別の意味もあります。今回の選挙結果が「トランプ的なもの」が認められたことを示す--と解すことができるからです。
2016年の大統領選でトランプ氏が勝利したとき、「トランプ的なもの」は、ちょっとおかしな人たちが信奉するものと考えられていました。しかし、それがかなり浸透したことが明らかになった。共和党については、トランプ大統領が乗っ取ったといっても過言ではないでしょう。トランプ氏をよすがに勝利した人がたくさんいます。
テキサス州上院選で勝ったテッド・クルーズ氏ですね。2016年の大統領選でトランプ氏と激しく対立しましたが、今回は接戦の中、トランプ氏の応援をあおぎました。
前嶋:そうですね。ほかにも、フロリダ州知事選を制したロン・デサンティス氏がいます。子供と積み木をしながら「壁を築け」と語るキャンペーン映像が印象的でした。
ジョージア州知事選を戦ったブライアン・ケンプ氏も「トランプ的」です。「移民を追い出す」と明言していました。皮肉にも激戦の相手は、初のアフリカ系女性知事になるかもしれないステイシー・エイブラムス氏です。この選挙は11月11日時点でまだ決着がついていませんが、トランプ氏の支持がなければケンプ氏の優位は大きく揺らいでいました。
こうした「トランプ的」な人が増える一方で、穏健派の議員らは引退していきました。穏健派の引退も共和党のトランプ化をうながしたといえるでしょう。
下院議長を務めたポール・ライアン氏の引退が大きな話題になりました。
前嶋:加えて、トランプ大統領と激しく対立したボブ・コーカー上院議員も引退しました。トランプ大統領が北朝鮮を挑発するのを懸念し、「トランプ大統領は『第3次世界大戦への道』に巻き込みかねない」と警告していました。
共和党は「トランプ」と「田舎」「宗教保守」の党に変貌したのです。あとは、ビジネスパーソンですね。減税政策を好感している人たち。
民主党の支持層拡大阻止と司法の「永続保守革命」
「トランプ的なもの」は浸透したのでしょうか、それとも、もともと存在していたものが、トランプ氏の登場を契機に顔を出したのか。
前嶋:両方の面があると思います。白人の生活が以前より苦しくなる中で「浸透」していった。同時に、トランプ大統領が選挙運動をする中で「掘り起こし」てきた。
「トランプ」「田舎」「宗教保守」の中心をなすのは白人層ですね。黒人やヒスパニックが増える米国の人口動態を考えると、共和党は先細りしませんか。
前嶋:はい、90年代半ばからそうした指摘がなされています。
『The Emerging Democratic Majority』(John B. Judisと Ruy Teixeiraの共著、2004年)という書籍が、ヒスパニックを取り込むことで民主党が多数派になることを予言していました。実際に、その方向にあります。
ただし、共和党も手をこまぬいてはいません。G.W.ブッシュ大統領は2000年の大統領選挙では演説にスペイン語を取り入れるなどして、ヒスパニックの取り込みに努力しました。2004年の再選でも同じようにヒスパニック系の動員を進めました。これが、フロリダ州でマルコ・ルビオ上院議員が登場するなどの布石になっています。同氏はキューバ系アメリカ人です。
ただし、トランプ大統領は今、取り込みとは逆の動きに出ています。これ以上、非白人が増えないよう移民の流入をとどめる対策を進めている。移民への厳しい対応は共和党の延命を図る選挙対策でもあるのです。
実はトランプ大統領は共和党に対する大きな置き土産をすでに残しています。一つは今ふれた、移民対策を通じて民主党支持層の拡大を阻止すること。もう一つは、保守派の判事の任命です。代表は、ブレット・カバノー氏を最高裁判事に任命した。最高裁判事は終身制ですから、司法の世界において、保守層の意向が末永く反映されることになる。今後30年を見据えた「永続保守革命」を実現したのです。
あまり報道されていませんが、高裁や地裁のレベルでも、保守派の判事を続々と任命しています。トランプ政権は人事が遅い--と言われますが、司法の人事に関してこの批判は当てはまりません。
「オバマ連合」に再生の兆し
民主党も変わりました。
前嶋:はい。大きく言えば、「都会」と「カントリークラブ」(郊外に住む高学歴・高所得層が通う会員制ゴルフクラブ)層)の党になりました。あとはエリートですね。このため、貧しい人々の支持をすくい切れていない面があると思います。
今回の中間選挙では左バネが強く効いた印象があります。
前嶋:そうですね。2008年の大統領選で風を起こした「オバマ連合」が再生の兆しをみせました。若者、女性、マイノリティーです。今回の中間選挙で投票率が上がった一因は彼らが積極的に参加したことにあると思います。
民主党は下院選で、435選挙区に183人の女性候補を立てました。知事選でも、35州のうち15州を女性候補で戦いました。
バラク・オバマ前大統領が、民主党候補を応援すべく各地を回りました。前例のないことですね。
前嶋:おっしゃる通りです。米国政治における対立の構図が変化していることの表れだと思います。米国政治のもともとの姿はホワイトハウスと議会が相互にチェックする構図です。2002年の中間選挙で、G.W.ブッシュ大統領が共和党候補を応援して全米を行脚したときには、これを批判する世論が盛り上がりました。
しかし、いまは共和党と民主党が対立し、大統領および大統領候補・経験者がそれぞれの頂点に立っている。
日本の議院内閣制みたいですね。
前嶋:そうなのです。
民主党に話を戻すと、タレント不足が気になります。タレントとして名前が挙がるのは高齢者ばかりです。
前嶋:過半数を取り戻した下院は、ナンシー・ペロシ氏が再び議長に就く可能性が高いですね。同氏は87年に初当選して以降、30年以上、議員を続けている大ベテラン。もう78歳です。リベラル系の雑誌である「アトランティック」でさえ、「民主党はペロシではまとまらない」という批判的な特集を掲載していました。
下院民主党でナンバーツーのステニー・ホイヤー院内幹事は79歳、上院トップのチャック・シューマー院内総務は68歳。しかも、どちらも民主党全体は束ねるタイプではありません。
テキサス州の上院選でクルーズ氏と激戦を演じた民主党・新人のベト・オルーク氏は38歳と若く、期待されましたが、当選することができませんでした。
対立が続き、政策は進まない
中間選挙が「引き分け」に終わったことで、今後の政局はどうなるでしょう。
前嶋:やはり、滞ると思います。2010年の中間選挙以降のオバマ政権と同じ苦境に陥る可能性がある。議会内で共和・民主両党が対立し法案が通らず、政策が前に進まない。
政策ごとに対立状況を伺います。メキシコ国境の壁については……
前嶋:対立するでしょう。民主党は「絶対にノー」です。
ペロシ氏が「超党派で進められる分野」としてインフラ投資を挙げていますが……。
前嶋:ペロシ氏の発言は「壁はやめろ」というメッセージなのだと思います。
トランプ大統領が選挙の直前に提案した中間層向けの新たな減税についてはいかがですか。
前嶋:共和党が想定する「中間層」と民主党が想定する「中間層」が異なっている可能性があります。共和党がいう「中間層」の方が所得が高い。
それでも、協力ができないわけではない。ですが、ここで協力すると、財政赤字の問題が浮上します。
もともと財政の均衡を重視していた共和党が財政赤字を拡大させ、もともと大きな政府を容認してきた民主党が財政均衡を強く要求している。逆転現象が起きています。
前嶋:おっしゃるとおりです。なので、小さな政府を信奉するリバタリアンの考えを持つ人々が共和党から離れていく傾向も現地で調査して感じました。
財政の関連でいうと、債務上限の引き上げ問題が年明けに浮上しますね。
前嶋:対立するのか協力するのか、ここは予想がつきません。これまでは共和党が「引き上げ」に反対してきました。今回は、共和党と民主党が立場を逆にして対立するのか。
民主党が、条件次第で「引き上げ」を受け入れるかもしれないですね。例えば、共和党がオバマケア廃止を取り下げるとか……。
いや、オバマケアで両党が妥協するのは考えづらいですね。トランプ大統領が仮に2期務めたとして、その後も対立が続く可能性が大です。
北米自由貿易協定(NAFTA)の新協定「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」はどうでしょう。
前嶋:これは、民主党が大反対することはないかもしれません。労働組合の支援を受ける議員は保護主義的な考えを持っています。
とはいっても、一筋縄ではいかないことも考えられます。米韓FTA(自由貿易協定)の時は2007年の署名から2010年の批准まで3年を要しました。署名したのはG.W.ブッシュ政権、批准したのはオバマ政権。それも2010年の中間選挙で民主党が敗れ、同党が下院で過半数を失った後でした。
どの産業に補助金を出し、救うのか、という各論で共和・民主両党が対立することもあるでしょう。
米国にミサイルが飛んでこなければ、それで十分
外交はどうなるでしょう。
前嶋:内政が停滞するならば、トランプ大統領は、比較的自由の利く外交でポイントを稼がなければなりません。
外交において強硬さを増すとの見方があります。基本はそうでしょうが、必ずしもそうとばかりはいえないと考えます。トランプ大統領の頭の中にあるのは2020年の再選です。すべてを、再選に寄与するか否かを基準に判断する。
なので、11月末に開かれる米中首脳会談で、妥協に転じる可能性もあります。中国は「中国製造2025」のトーンを弱める政策パッケージを、実質的なナンバーツーである王岐山氏が検討しているといわれています。中国が首脳会談でこれを提示し、トランプ大統領が再選への「加点」になると評価すれば妥協するでしょう。
マイク・ペンス副大統領が10月4日、中国に対して強硬な発言をしました。なのに「もう妥協するのか」という見方もあるでしょう。しかし、米国も自国経済を傷ませることはしたくないのだと思います。コペルニクス的転回は十分にあり得るのです。
経済と安全保障の問題を分けて交渉を進める可能性もあります。「中国は安全保障上の脅威である」との認識が、米国内でここ1年程の間に非常に強くなりました。これは大きな変化です。
日本に対してはTAG(物品貿易協定)交渉で強く出てくるかもしれません。トランプ大統領は「シンゾーはいいやつだけど、日本は米国をだまし続けてきた」という趣旨の発言をしています。日本が米国に輸出する車への関税を米国が見送る代わりに、日本が米国製の武器を購入する、という経済と安全保障のディールがあり得ます。もう進行しているように見えますね。
北朝鮮に対しては、日本が思う以上に早く妥協する可能性もあることを注意しなければなりません。段階的に、朝鮮戦争の終結宣言、在韓米軍の撤退、経済支援と進む。
トランプ大統領にとってこの問題は、6月12日の米朝首脳会談の成果で十分だったのかもしれません。北朝鮮に非核化を約束させ、米国民に「ミサイルはもう飛んでこない」と訴えることができる状況を作れればよかった。中間選挙対策としてはこれで十分だったのです。共和党支持者が考える中間選挙の争点として、北朝鮮の核問題は4月から5月までは上位にありましたが、このウエイトが下がっていきました。
トランプ大統領は、実際の非核化を急ぐ必要はないのです。ただし、2020年の再選に向けてポイントを稼ぐべく、北朝鮮に査察を認めさせるなどの手は順次打っていくでしょう。
日本にとっては最悪ですね。
前嶋:そこは、どうでしょう。トランプ大統領と安倍晋三首相は緊密に連絡を取って、対北政策を進めていると思います。現実的にみると、非核化のペースは必ずしも遅くない気がします。
第2のオバマが生まれるなら左派から
次なる興味は2020年の大統領選に移りますね。先ほどうかがったように、民主党はタレント不足です。
前嶋:そうですね。名前が挙がるのは、前回の大統領予備選に出たバーニー・サンダース氏、オバマ政権で副大統領を務めたジョー・バイデン氏、そして有力上院議員のエリザベス・ウォーレン氏。しかし、いずれも高齢です。順番に77歳、75歳、69歳。
40歳代で注目されるのは、カリフォルニア州上院選を制したカマラ・ハリス氏。「女性版オバマ」の異名をとる人物です。他方、「第2のオバマ」「ニュージャージー州のオバマ」と呼ばれているのは、アフリカ系のコリー・ブッカー上院議員。どちらも上院司法委員会に属しており、カバノー氏の最高裁判事承認をめぐる審議で、追及の中心となりました。
あまりに激しくやりすぎて、共和党支持者を目覚めさせたとみられていますね。
前嶋:おっしゃるとおりです。
これまで挙げた人々はいずれも、トランプ大統領と伍すことができる人物ではありません。2020年大統領選挙をテーマに世論調査で「トランプ大統領 対 民主党候補ミスター(もしくはミズ)X」を問うと、ほぼ同点となります。ところが、このX」の部分に実際の人物名を入れると、トランプ大統領に勝つことができない。ウォーレン氏しかり、バイデン氏しかり、ブッカー氏しかり、です。
オバマ氏が再び立候補することもできるのでしょうか。今回の中間選挙での応援活動をみていると、同氏ならトランプ大統領に勝てるかもしれません。
前嶋:そうですね、しかし、再び出馬は不可能です。フランクリン・ルーズベルトが4選されたような例がかつてならあったのですが、そのルーズベルトの多選が問題となったため、直後の憲法修正22条で大統領が当選できるのは2回までとなりました。ただ、民主党内にはオバマ氏の妻のミッシェルさんを推す声が根強くあります。いまのところ、本人は強く出馬を否定してはいます」
民主党は「第2のオバマ」連合が作れるかどうかが課題です。
「第2のオバマ」は民主党の中道派から現れるでしょうか、それともサンダー氏のような左派から現れるでしょうか。
前嶋:左派からでしょう。サンダース氏や、最年少女性下院議員となるアレクサンドリア・オカシオコルテス氏のような人たちの中からですね。共和党では明らかに右バネが効いています。その反動が民主党に現れる。
オカシオコルテス氏はたいへんな人気を博しました。29歳の新人ながら、ベテランの共和党現職を破りました。早くから当選が確実視されていたので、他の民主党候補を応援するため、全米を遊説して回っていました。
社会民主主義者が民主党の新しい道を開いていくのかもしれません。
ただし、これには問題があります。現在の分断状況をさらに広げることにつながるからです。民主党の中道派が力を失うほど、共和党との妥協が難しくなります。法案はまとまらず、政策は進まなくなり、政治は劣化する。サンダース氏やオカシオコルテス氏「的」なものは、面白くはありますが問題もあります。彼らは、非合法移民摘発の象徴である「移民関税執行局(ICE)」の廃止などを訴えています。こんな政策は現実的ではありませんし、民主党内からも反発があります。
米国が直面する分断は、何が原因なのでしょう。
前嶋:米国が理想の国に向かうために経験する「生みの苦しみ」なのだと思います。第2次大戦後、米国は世界一の豊かさを享受しました。しかし、黒人差別という大きな問題があることがクローズアップされるようになります。「これを変えなければならない」という意識が高まり、公民権運動につながった。
この時、「自由と多様性こそ力だ」という理念が同時に意識されるようになりました。そして、1965年に改正された移民法が決め手でした。これが中南米からの移民に道を開いたのです。
現在、起こっているのは、この多様性を受け入れる壮大な実験に対する反動です。多様性を助長する法律やルールが、社会と政治に分断をもたらした。多様な人々を受け入れることによって「仕事を失った」などと考える既存の国民が反発したのです。「Make America Great Again」はこうした人々にとってマジックワードとなりました。
オバマ氏がこんな名言を残しました。「トランプ氏は原因ではなく現象である」。米国には、「分断」という原因がすでにあって、トランプ大統領がこれを体現した、という意味です。
ただし、「多様性を受け入れることは素晴らしい」と考える人たちももちろんいます。今回の中間選挙で、ソマリア難民だったイルハン・オマル氏や、パレスチナ系ムスリムのラシダ・タリーブ氏、ネイティブアメリカンのデブ・ハーランド氏らが当選しました。
オマル氏は内戦下のソマリアから米国に8歳の時に逃げてきました。米国でも苦労した末、今回の当選に至った。
ニューメキシコ州の下院選で当選したデブ・ハーランド氏。ネイティブアメリカンの女性で初めて下院議員に(写真:AFP/アフロ)
トランプ氏が「Make America Great Again」と唱えるのに対して、彼女たちは伝統的な「American Dream」を体現したわけですね。
前嶋:はい。「Great Again」ではなく、多様性を受け入れる広い度量を米国が持っていて、すでに「Great」であることを証明した。
今回の中間選挙は「トランプ的なもの」が受け入れられたことを示すと同時に、「多様は力」という理念を信奉する力がいっそう強くなったととらえることができます。
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